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ジョッキー家系・横山親子3代【富雄】【義一】【典弘】【和生】【武史】

日本競馬を支えた名騎手たち


昭和・平成・令和と時代を跨ぎ、日本競馬の発展に大きく貢献したジョッキー家系がいます。
それは、騎手界の華麗なる一族とも呼ばれる横山家です。

2024年の日本ダービーをダノンデサイルで制し、JRAのG1勝利最年長記録を更新した横山典弘騎手を始め、今もなお飛ぶ鳥を落とす勢いにある横山一家。

そこで今回は、父子3代に続くジョッキー家系・横山一家を紹介します。是非とも最後までお楽しみください。

横山富雄騎手


横山家と競馬の関係が始まったのは今から約60年前に遡ります。
横山ジョッキー家系の礎となったのが、横山富雄元騎手です。

富雄騎手は、1961年に騎手免許を取得しました。
同期には、三冠馬ミスターシービーの主戦を務めた吉永正人元騎手やマルゼンスキーの主戦だった中野渡誠一元騎手などがいます。
決して派手さはないものの職人肌で堅実な騎乗スタイルは、多くのファンから愛され、ここ一番で信頼が厚い騎手として名を馳せました。

横山富雄騎手のイメージ画像
ℹ AI生成
この画像・動画は、AIによって生成された架空のイメージであり、実在の人物・馬・団体等を描写したものではありません。
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプト調整等はおこなっておりません。

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そんな富雄騎手について元祖天才と謳われた田原成貴元騎手は「初めて見たときは忘れられない。アグレッシブな騎乗をする人だなと思った」と振り返っています。
また、富雄騎手は1971年天皇賞(春)と宝塚記念(ともに当時はOP競走)をメジロムサシで制するなど、長距離の名手として通算559勝、G1に相当するレースを7勝を挙げ、1983年に現役を引退しました。

そして、騎手・横山富雄イズムは2人の息子たちに受け継がれることになるのです。

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横山義一・典弘騎手


富雄騎手の長男・横山義一元騎手は、競馬学校に3度挑戦するも、身長と体重が影響してか不合格が続きました。
しかし騎手の夢を諦めきれなかった義一騎手は、単身でニュージーランドに渡り、見習い騎手を経て、1989年に騎手免許を取得します。

その後、1991年にはJRAの騎手免許試験を受験し見事合格。
海外の騎手免許を所有し、馬事公苑や競馬学校を経由しない初のJRA所属騎手となりました。
ちなみに、2019年に藤井貫一郎元騎手が同じ形で合格するまでは、唯一の逆輸入騎手でもあります。

そんな義一騎手は、2005年の騎手引退後、調教助手に転身。
2010年からは競馬学校の教官として後進の指導にあたっています。

横山義一元騎手のイメージ画像
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そして、現在も第一線で活躍しているのが次男の横山典弘騎手です。
典弘騎手は1986年に競馬学校2期生として騎手デビュー。
現在まで日本ダービー3勝を含むJRAのG1レースを28勝、JRA通算勝利数も2943勝を超え、歴代2位となった関東の名手といわれています。

特に父・富雄騎手と同じく長距離レースには定評があり、セイウンスカイで制した1998年の菊花賞やイングランディーレで逃げ切り勝ち収めた2004年の天皇賞(春)などの実績が目立ちます。
さらに2015年の天皇賞(春)ではゴールドシップに騎乗し、向こう正面からの超ロングスパートで勝利をもぎ取るなど、アッと驚く騎乗も魅力的な騎手です。

横山典弘騎手のイメージ画像
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デビューから24年目、15回目の挑戦で日本ダービーを初勝利したあと「一度でもダービーを獲れればと思っていたので、こんなに早く獲れるとは思ってなかった」とコメントするその謙虚な姿は、いつまで経っても変わりません。

そんな典弘騎手は、現在55歳を超えてなお衰え知らずの活躍をみせていますので、武豊騎手と並んで日本のレジェンド・ジョッキーといえるでしょう。
そして、横山家ジョッキーイズムは、典弘騎手の息子たちにも受け継がれていきます。

横山和生・武史騎手


典弘騎手の長男・横山和生騎手は、幼い頃から父の活躍を見て騎手を目指し2011年に競馬学校27期生としてデビューしました。

和生騎手は、デビューしてからしばらく勝ち星に伸び悩みましたが、ここ数年で急激に勝ち星を伸ばしています。
そして、2021年にはキャリアハイとなる79勝をマークし、2022年にはタイトルホルダーとのコンビで天皇賞(春)を制し、和生騎手自身初のG1制覇となりました。
なお、同年の宝塚記念も制し、このコンビで秋の凱旋門賞(仏G1)に挑戦したことは記憶に新しいことでしょう。

横山和生騎手のイメージ画像
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また、三男の横山武史騎手は競馬学校33期生として2017年に騎手デビューしました。
ちなみに武史騎手の名前は、武豊騎手の『武』から名付けられたそうです。
そのため、デビュー直後は、競馬新聞などでの表記が横山武となったことから「横山と武とか最強か」「名前だけで勝ち」などと注目が集まりました。

デビュー直後から重い重圧をかけられた武史騎手。
しかし、デビューから騎乗技術を高く評価され勝ち星を量産していきます。

そして2020年のJRA関東リーディングを歴代最年少で獲得すると、翌2021年にはエフフォーリアとのコンビで皐月賞、天皇賞(秋)、有馬記念と3つのG1レースを勝利し、エフフォーリアは年度代表馬に選出。
また、その年にはタイトルホルダーで菊花賞、キラーアビリティでホープフルステークスも制し、G1レース5勝と大活躍の年となりました。

横山武史騎手のイメージ画像
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この画像・動画は、AIによって生成された架空のイメージであり、実在の人物・馬・団体等を描写したものではありません。
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプト調整等はおこなっておりません。

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そんな武史騎手は、武豊騎手、福永祐一騎手、川田将雅騎手と約10年に1人日本を代表するトップジョッキーが誕生している中、武史騎手もそれに当たるのではないか、との評価を受けています。
今後、日本競馬界を牽引する1人として、さらなる飛躍に期待したいですね。

ちなみに典弘騎手の妹さんは、菊沢隆徳元騎手(現調教師)と結婚され典弘騎手とは義兄弟にあたります。
また、現在若手騎手として活躍している横山琉人騎手は、障害レースで活躍した横山義行元騎手の息子さんであり、名字は同じですが横山家との血縁関係はありません。

親子3代で達成した記録


父子3世代にわたり騎手として活躍している横山一家は、これまで2つの大記録を達成しています。

それは、2022年の天皇賞(春)を和生騎手が見事勝利に導いたことで、富雄元騎手、典弘騎手に続き、父子3代で天皇賞(春)を制覇したことです。
競走馬でしたら、メジロアサマ、メジロティターン、メジロマックイーンと父仔3代制覇が有名ですが、騎手での父子3代制覇は史上初の快挙となりました。

また、同年6月に行われた宝塚記念でも和生騎手は、タイトルホルダーで勝利し、天皇賞(春)に続いて父子3代制覇の偉業を達成。
横山家は、メジロ3代制覇の騎手版といったところでしょうか。

まとめ


今回は、ジョッキー家系・横山父子3代を紹介しました。

最後に横山家のエピソードをもう1つ紹介します。
それは、典弘騎手がデビュー24年目、15回目の挑戦で初めて日本ダービーをロジユニヴァースで勝利したとき。
和生騎手は、競馬学校の研修課程にて現地観戦していました。

さらに2度目の日本ダービー制覇となったワンアンドオンリーが勝利したとき、今度は武史騎手が同じく競馬学校の研修で現地観戦していたという話です。
これも横山家ならではの深い縁からくるものなのかと感動しました。

典弘騎手は、ここ数年関東所属のまま関西に拠点を移して騎乗を続けています。
55歳を過ぎても腕前や気持ちの面でも衰えを知らず、休むのは正月の1日くらい。
1年のほとんどをトレセンで過ごしているといいます。

また、騎乗中も他の馬のことをしっかりと見て考え、研究する姿を息子たちに見せてきた典弘騎手。
その息子たちは偉大な父の背中を見て騎手となり、今や日本競馬になくてはならない騎手として成長を遂げました。
今後も横山ジョッキー家系に目が離せませんね。