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ジョッキー家系・横山親子3代【富雄】【賀一】【典弘】【和生】【武史】

日本競馬を支えた名騎手たち


昭和・平成・令和と時代を跨ぎ、日本競馬の発展に大きく貢献したジョッキー家系がいます。
それは、騎手界の華麗なる一族とも呼ばれる横山家です。

2024年の日本ダービーをダノンデサイルで制し、当時のJRA・G1最年長勝利記録を更新した横山典弘騎手。2026年3月には、武豊騎手に続く史上2人目のJRA通算3000勝にも届きました。
長男の和生騎手は大阪杯を連覇し、三男の武史騎手は関東の勝ち星争いの先頭を走っています。今もなお飛ぶ鳥を落とす勢いにある横山一家。

そこで今回は、父子3代に続くジョッキー家系・横山一家を紹介します。
なお、同じ横山姓で活躍する横山琉人騎手は、この一家の親族ではありません。その関係も家系図とあわせて整理しました。
※JRAの勝利数は2026年9月13日時点の集計です。

目次

横山富雄騎手


横山家と競馬の関係が始まったのは今から60年以上前に遡ります。
横山ジョッキー家系の礎となったのが、横山富雄元騎手です。

富雄騎手は、1961年に騎手免許を取得しました。
同期には、三冠馬ミスターシービーの主戦を務めた吉永正人元騎手やマルゼンスキーの主戦だった中野渡清一元騎手などがいます。
決して派手さはないものの職人肌で堅実な騎乗スタイルは、多くのファンから愛され、ここ一番で信頼が厚い騎手として名を馳せました。

横山富雄騎手のイラスト
ℹ AI生成
この画像・動画は、AIによって生成された架空のイメージであり、実在の人物・馬・団体等を描写したものではありません。
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプト調整等はおこなっておりません。

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そんな富雄騎手について元祖天才と謳われた田原成貴元騎手は「初めて見たときは忘れられない。アグレッシブな騎乗をする人だなと思った」と振り返っています。
また、富雄騎手は1971年天皇賞(春)と宝塚記念(ともに当時はOP競走)をメジロムサシで制するなど、長距離の名手として通算559勝、G1に相当するレースを7勝を挙げ、1983年に現役を引退しました。

そして、騎手・横山富雄イズムは2人の息子たちに受け継がれることになるのです。

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横山賀一・典弘騎手


富雄騎手の長男・横山賀一元騎手は、競馬学校に3度挑戦するも、身長と体重が影響してか不合格が続きました。
しかし騎手の夢を諦めきれなかった賀一騎手は、単身でニュージーランドに渡り、見習い騎手を経て、1989年に騎手免許を取得します。

その後、1991年にはJRAの騎手免許試験を受験し見事合格。
海外の騎手免許を所有し、馬事公苑や競馬学校を経由しない初のJRA所属騎手となりました。
ちなみに、2019年に藤井勘一郎元騎手が同じ形で合格するまでは、唯一の逆輸入騎手でもあります。

そんな賀一騎手は、2005年の騎手引退後、調教助手に転身。
2010年からは競馬学校の教官として後進の指導にあたっています。

横山賀一元騎手のイラスト
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そして、現在も第一線で活躍しているのが次男の横山典弘騎手です。
典弘騎手は1986年に競馬学校2期生として騎手デビュー。
現在まで日本ダービー3勝を含むJRAのG1レースを28勝しています(2018年に京都競馬場で行われたJBCレディスクラシックを含みます)。2024年5月には岡部幸雄元騎手の2943勝を抜いてJRA通算勝利数の歴代単独2位となった、関東の名手です。

特に父・富雄騎手と同じく長距離レースには定評があり、セイウンスカイで制した1998年の菊花賞やイングランディーレで逃げ切り勝ち収めた2004年の天皇賞(春)などの実績が目立ちます。
さらに2015年の天皇賞(春)ではゴールドシップに騎乗し、向こう正面からの超ロングスパートで勝利をもぎ取るなど、アッと驚く騎乗も魅力的な騎手です。

横山典弘騎手のイラスト
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デビューから24年目、15回目の挑戦で日本ダービーを初勝利したあと「一度でもダービーを獲れればと思っていたので、こんなに早く獲れるとは思ってなかった」とコメントするその謙虚な姿は、いつまで経っても変わりません。

そんな典弘騎手は58歳となった現在も第一線に立ち続けており、武豊騎手と並ぶ日本のレジェンド・ジョッキーです。

ダービーのあとも勝ち鞍は止まっていません。
2024年7月の中京記念(アルナシーム)に続き、2025年8月の札幌記念では10番人気のトップナイフを勝利に導いて、57歳5か月26日で自身の持つJRA重賞の最年長勝利記録を更新しました。同年秋には黄綬褒章も受けています。現役のまま受章した騎手は、地方競馬を含めても的場文男、柴田善臣、宮下瞳、武豊の4人に次ぐ5人目です。

そして2026年3月8日、中山9Rの湾岸ステークスをマイユニバースで勝ち、JRA通算3000勝に到達しました。武豊騎手に続く史上2人目で、デビューから2万1852戦目のことです。
そのマイユニバースとは3月28日の日経賞も制し、重賞の最年長勝利記録を58歳1か月6日まで伸ばしています。通算は2026年9月13日時点で3022勝です。

一方、2024年のダービーで作ったG1の最年長勝利記録(56歳3か月4日)は、2026年6月の安田記念で武豊騎手が57歳2か月で塗り替え、翌週の宝塚記念も勝ってさらに伸ばしました。
2026年8月に札幌で行われたワールドオールスタージョッキーズでは、最終戦をミリオンクラウンで勝ち、逆転で個人総合優勝を飾りました。前身のシリーズを含めて17年ぶり3回目の優勝です。

そして、横山家ジョッキーイズムは、典弘騎手の息子たちにも受け継がれていきます。

横山和生・武史騎手


典弘騎手の長男・横山和生騎手は、幼い頃から父の活躍を見て騎手を目指し2011年に競馬学校27期生としてデビューしました。

和生騎手は、デビューしてからしばらく勝ち星に伸び悩みましたが、2021年にキャリアハイとなる79勝をマークして一気に頭角を現します。
そして、2022年にはタイトルホルダーとのコンビで天皇賞(春)を制し、和生騎手自身初のG1制覇となりました。
なお、同年の宝塚記念も制し、このコンビで秋の凱旋門賞(仏G1)にも挑戦しています。

その後はベラジオオペラとのコンビで、2024年、2025年と大阪杯を連覇しました。大阪杯がG1に昇格した2017年以降、連覇は初めてで、和生騎手のJRAのG1はこれで4勝になりました。地方でもウシュバテソーロで2022年の東京大賞典と2023年の川崎記念を勝っています。
2025年は自己最多にあと2つと迫る77勝を挙げ、全国10位に入りました。2026年1月31日にはJRA通算500勝目を挙げました。この年は9月13日時点で62勝、重賞もプロキオンステークスや函館2歳ステークスなど4勝を挙げています。

横山和生騎手のイラスト
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また、三男の横山武史騎手は競馬学校33期生として2017年に騎手デビューしました。
ちなみに武史騎手の名前は、武豊騎手の『武』から名付けられたそうです。
そのため、デビュー直後は、競馬新聞などでの表記が横山武となったことから「横山と武とか最強か」「名前だけで勝ち」などと注目が集まりました。

デビュー直後から重い重圧をかけられた武史騎手。
しかし、デビューから騎乗技術を高く評価され勝ち星を量産していきます。

そして2020年のJRA関東リーディングを歴代最年少で獲得すると、翌2021年にはエフフォーリアとのコンビで皐月賞、天皇賞(秋)、有馬記念と3つのG1レースを勝利し、エフフォーリアは年度代表馬に選出。
また、その年にはタイトルホルダーで菊花賞、キラーアビリティでホープフルステークスも制し、G1レース5勝と大活躍の年となりました。
なお中山競馬場では主要4場別リーディングジョッキーランキングでも堂々の1位を獲得しており、関東圏の”中山巧者”ぶりがそのまま数字に表れています。

横山武史騎手のイラスト
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そんな武史騎手は、武豊騎手、福永祐一騎手、川田将雅騎手と約10年に1人日本を代表するトップジョッキーが誕生している中、武史騎手もそれに当たるのではないか、との評価を受けています。

2023年にはソールオリエンスで皐月賞を勝ち、JRAのG1は6勝になりました。それ以降のJRAのG1は、2025年の有馬記念(12番人気のコスモキュランダ)や2026年の安田記念(ガイアフォース・2着同着)など2着が続いています。
ただ、地方ではアンモシエラとのコンビでJBCレディスクラシックを2024年(佐賀)、2025年(船橋)と連覇しています。2024年9月には韓国のコリアカップもクラウンプライドで制しました。

勝ち星は2022年の127勝を最多に、2021年から2025年まで5年続けて年間100勝を超えました。2025年は110勝で全国4位。2026年4月12日にJRA通算800勝に届き、9月13日時点の81勝は美浦所属の騎手で最多です。

横山家の家系図と横山琉人騎手との関係


横山家で騎手になったのは、富雄元騎手から数えて3代で5人です。親族も含め、典弘騎手を起点にした続柄で並べます。
※本記事のデータは編集部による独自集計です。

続柄名前騎手の期間主な実績
父横山富雄1961〜1983年通算559勝。1971年の天皇賞(春)・宝塚記念(メジロムサシ)など
兄横山賀一1992〜2005年(JRA)JRA通算211勝。現在は競馬学校の教官
本人横山典弘1986年〜JRA通算3022勝(歴代2位)。JRAのG1を28勝
長男横山和生2011年〜JRA通算556勝。JRAのG1を4勝
三男横山武史2017年〜JRA通算846勝。JRAのG1を6勝
義弟(妹の夫)菊沢隆徳1988〜2010年元騎手で現在は調教師
甥菊沢一樹2016年〜JRA通算218勝。重賞2勝

典弘騎手の息子は3人います。このうち騎手になったのは長男の和生騎手と三男の武史騎手の2人で、次男は騎手の道には進んでいません。

典弘騎手の妹さんは、菊沢隆徳元騎手(現調教師)と結婚され、典弘騎手とは義兄弟にあたります。その息子の菊沢一樹騎手は典弘騎手の甥で、和生騎手・武史騎手とはいとこ同士。2019年の七夕賞をミッキースワローで、2026年4月の福島牝馬ステークスをコガネノソラで勝っており、どちらも父・隆徳調教師の管理馬でした。

一方、同じ横山姓の横山琉人騎手は、この一家の親族ではありません。
琉人騎手の父は、障害レースで活躍した横山義行元騎手です。義行元騎手はゴーカイで2000年、2001年の中山グランドジャンプを連覇し、2007年にはメルシーエイタイムで中山大障害も勝ちました。名字は同じですが、典弘騎手の横山家との血縁関係はありません。
琉人騎手は2021年にデビューし、2025年6月28日にJRA通算100勝目を挙げました。2026年9月13日時点で132勝を挙げています。

親子3代で達成した記録


父子3世代にわたり騎手として活躍している横山一家は、これまで2つの大記録を達成しています。

それは、2022年の天皇賞(春)を和生騎手が見事勝利に導いたことで、富雄元騎手、典弘騎手に続き、父子3代で天皇賞(春)を制覇したことです。
競走馬でしたら、メジロアサマ、メジロティターン、メジロマックイーンと父仔3代制覇が有名ですが、騎手での父子3代制覇は史上初の快挙となりました。

また、同年6月に行われた宝塚記念でも和生騎手は、タイトルホルダーで勝利し、天皇賞(春)に続いて父子3代制覇の偉業を達成。典弘騎手は1991年にメジロライアン、2014年にゴールドシップでこのレースを勝っています。
横山家は、メジロ3代制覇の騎手版といったところでしょうか。

よくある質問


Q. 横山典弘騎手の息子は何人いますか?
息子は3人です。騎手になったのは長男の横山和生騎手(2011年デビュー)と三男の横山武史騎手(2017年デビュー)の2人で、次男は騎手ではありません。

Q. 横山琉人騎手は横山典弘騎手の息子ですか?
いいえ、息子ではなく、血縁関係もありません。横山琉人騎手の父は、障害レースで活躍した横山義行元騎手です。名字が同じで、どちらも親子で騎手を務めていることから混同されやすいのですが、典弘騎手の一家とは別の家系です。

Q. 横山家で騎手になったのは誰ですか?
典弘騎手の父・横山富雄元騎手、兄の横山賀一元騎手、典弘騎手本人、そして典弘騎手の長男・和生騎手と三男・武史騎手の、3代で5人です。親族には典弘騎手の義弟にあたる菊沢隆徳調教師(元騎手)と、その息子で甥の菊沢一樹騎手がいます。

Q. 横山典弘騎手の通算勝利数は何勝ですか?
2026年3月8日にJRA通算3000勝を達成し、2026年9月13日時点では3022勝です。3000勝は武豊騎手に続く史上2人目で、JRA通算勝利数は歴代2位にあたります。

Q. 横山家が親子3代で制覇したレースは何ですか?
天皇賞(春)と宝塚記念の2つです。富雄元騎手が1971年にメジロムサシで、和生騎手が2022年にタイトルホルダーで両方のレースを勝ち、その間の典弘騎手もどちらも制しています。騎手による天皇賞(春)の父子3代制覇は史上初でした。

まとめ


今回は、ジョッキー家系・横山父子3代を紹介しました。
富雄元騎手の通算559勝に始まり、典弘騎手はJRA通算3000勝を達成しました。和生騎手は大阪杯の連覇を含めてJRAのG1を4勝、武史騎手は6勝しています。天皇賞(春)と宝塚記念では、父子3代制覇も成し遂げました。

最後に横山家のエピソードをもう1つ紹介します。
それは、典弘騎手がデビュー24年目、15回目の挑戦で初めて日本ダービーをロジユニヴァースで勝利したとき。
和生騎手は、競馬学校の研修課程にて現地観戦していました。

さらに2度目の日本ダービー制覇となったワンアンドオンリーが勝利したとき、今度は武史騎手が同じく競馬学校の研修で現地観戦していたという話です。
これも横山家ならではの深い縁からくるものなのかと感動しました。

典弘騎手は、ここ数年関東所属のまま関西に拠点を移して騎乗を続けています。
58歳になっても腕前や気持ちの面でも衰えを知らず、休むのは正月の1日くらい。
1年のほとんどをトレセンで過ごしているといいます。

また、騎乗中も他の馬のことをしっかりと見て考え、研究する姿を息子たちに見せてきた典弘騎手。
その息子たちは偉大な父の背中を見て騎手となり、今や日本競馬になくてはならない騎手として成長を遂げました。
今後も横山ジョッキー家系に目が離せませんね。

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