アドマイヤ軍団の全名馬一覧|ベガ・ムーン・グルーヴ…近藤利一の30年
アドマイヤ。この冠名を背負って重賞を勝った馬は40頭、GIを勝った馬は12頭います。使い続けたのは近藤利一という馬主でした。
中央競馬での勝ち星は通算745で、そのうち重賞が60、GIが13ありました。中央の重賞に限れば、勝った馬は33頭です。
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプト調整等はおこなっておりません。
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・Juggernaut XL(KandooAI)
1999年6月6日、東京優駿。この冠名は日本ダービーを勝ちました。鞍上は武豊騎手です。
その騎手を、近藤氏は2007年に自分の馬から降ろします。関係は戻りませんでした。10年以上が過ぎ、近藤氏は2019年に亡くなります。
その騎手の名前は、近藤氏が最後に遺した頼みごとにもう一度出てきます。
アドマイヤの語源は英語のAdmireで、賞賛する、感心するという意味を持ちます。
冠名というのは、馬主が自分の所有馬につける共通の接頭語のことです。競馬中継で馬名の頭が揃っているのを見かけたら、その馬たちはたいてい同じ馬主のものだと考えて構いません。近藤氏はこの2文字ならぬ5文字を、30年以上ひとつも変えずに使い続けました。
もうひとつ、アドマイヤを見分ける手がかりがあります。勝負服です。
近藤利一名義の勝負服は「水色、白袖、青鋸歯形」。水色の胴に白い袖、そこへ青いギザギザの模様が入ります。ターフでかなり目立つ配色で、これを覚えておくと、馬名を確認する前に「アドマイヤだ」と分かるようになります。
勝負服は馬主ごとに登録されるもので、よく似た配色でも細部で必ず区別されました。この「水色、白袖、青鋸歯形」にしても、袖に一本輪が入るだけの別名義がちゃんと登録されています。そしていまアドマイヤを走らせている近藤旬子氏の登録は、近藤利一氏の表記と一字も違いません。
冠名アドマイヤが初めて重賞を勝ったのは1996年1月15日、平安ステークスのアドマイヤボサツでした。5番人気での勝利です。それから2026年4月26日の読売マイラーズカップまで、この冠名は30年にわたって重賞の勝ち馬欄に現れ続けています。
近藤利一氏は1942年9月1日、徳島県三好郡井川町、いまの三好市に生まれました。大阪市北区で建築解体とはつりを手がける会社を経営した実業家です。
中央競馬の個人馬主になるには、かなり高い経済的な条件を満たす必要があります。所得と資産の両面で基準が設けられており、誰でも申請できるものではありません。近藤氏が馬主資格を取得したのは1984年のことでした。
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプト調整等はおこなっておりません。
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最初に所有した馬はカイタイオーといいます。
中央競馬での初出走は1987年、初勝利は翌1988年でした。資格を取ってから最初の1勝まで4年かかっている計算になります。
のちに6,520回も出走させることになる馬主の出発点としては、ずいぶん静かな滑り出しです。
1987年から2019年まで、中央での記録です。
※本記事のデータは編集部による独自集計です。
| 項目 | 記録 |
|---|---|
| 中央競馬での活動期間 | 1987年〜2019年 |
| 中央競馬での出走 | 6,520回 |
| 中央競馬での勝利 | 745勝 |
| 中央の重賞 | 60勝 |
| 中央のGI | 13勝 |
| 海外のGI | 3勝 |
| 地方との交流重賞 | 10勝(うち交流GI 6勝) |
| 中央と海外で得た本賞金 | 約176億円 |
よく引かれる「重賞60勝、GI13勝」という数字は、中央競馬に限った集計です。ここにJBCクラシックや帝王賞といった地方との交流GI、それにドバイと香港とオーストラリアで挙げた海外GIを足すと、GIの勝ち星は22まで増えます。
中央だけを数えれば13、地方の交流と海外まで数えれば22。近藤氏の馬は、ダートの交流戦にも海外にも遠慮なく出ていきました。
◆武豊騎手との断絶
アドマイヤの黄金期を語るとき、鞍上はたいてい武豊騎手でした。1999年の日本ダービーをアドマイヤベガで勝ち、エリザベス女王杯をアドマイヤグルーヴで連覇し、高松宮記念をアドマイヤマックスで勝っています。
その関係が壊れたのは2007年です。
前年の天皇賞・秋には、ディープインパクトとアドマイヤムーンの両方が出走登録をしていました。武豊騎手がどちらに乗るのかが注目される中、近藤氏はディープが出走しても武豊は譲らないという趣旨の発言をして話題になります。結局ディープインパクトはこのレースに出てきませんでした。アドマイヤムーンには武豊騎手が乗り、2番人気で3着。勝ったのは4番人気のダイワメジャーでした。
そして2007年、皐月賞でアドマイヤオーラが1番人気を裏切って4着に敗れ、続く香港のクイーンエリザベス2世カップでアドマイヤムーンが3着に終わります。近藤氏は激怒し、長く続いた武豊騎手との関係は事実上そこで解消となりました。
馬主が主戦騎手を降ろすこと自体は珍しくありません。ただ、この2人はダービーを一緒に勝っていました。
近藤氏は2019年夏にがんを公表します。闘病の末、同年11月17日に77歳で亡くなりました。
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプト調整等はおこなっておりません。
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冠名アドマイヤで重賞を勝った馬は、1996年から2026年までで40頭。勝ち星の合計は85です。
そのうちGIを勝ったのが12頭、GIの勝ち星は24あります。GIを勝った12頭が先です。
| 馬名 | GI | 重賞 | 活躍年 | 主な勝ち鞍 |
|---|---|---|---|---|
| アドマイヤドン | 7勝 | 8勝 | 2001〜2004 | 朝日杯FS、フェブラリーS、JBCクラシック3勝 |
| アドマイヤムーン | 3勝 | 8勝 | 2005〜2007 | ドバイデューティーフリー、宝塚記念、ジャパンC |
| アドマイヤマーズ | 3勝 | 4勝 | 2018〜2019 | 朝日杯FS、NHKマイルC、香港マイル |
| アドマイヤグルーヴ | 2勝 | 5勝 | 2003〜2005 | エリザベス女王杯2勝 |
| アドマイヤコジーン | 2勝 | 5勝 | 1998〜2002 | 朝日杯3歳S、安田記念 |
| アドマイヤベガ | 1勝 | 3勝 | 1998〜1999 | 東京優駿(日本ダービー) |
| アドマイヤマックス | 1勝 | 3勝 | 2001〜2005 | 高松宮記念 |
| アドマイヤジュピタ | 1勝 | 3勝 | 2007〜2008 | 天皇賞(春) |
| アドマイヤホープ | 1勝 | 2勝 | 2003 | 全日本2歳優駿 |
| アドマイヤラクティ | 1勝 | 2勝 | 2013〜2014 | コーフィールドカップ |
| アドマイヤズーム | 1勝 | 2勝 | 2024〜2026 | 朝日杯FS、読売マイラーズC |
| アドマイヤリード | 1勝 | 1勝 | 2017 | ヴィクトリアマイル |
アドマイヤドンのGI7勝は、うち5つがダートの交流競走です。JBCクラシックは2002年から3年続けて勝ちました。芝のGIが並ぶ表の中で、この馬の勝ち鞍だけ毛色が違います。
アドマイヤベガとアドマイヤドンは母が同じベガで、半兄弟にあたります。同じ母から出た2頭が、芝とダートでそれぞれ頂点に立ちました。
残る28頭も重賞の勝ち馬です。GIには届かなかったものの、この冠名の層の厚さを作っていたのはこちらでした。
| 重賞勝利数 | 馬名 |
|---|---|
| 4勝 | アドマイヤキッス |
| 3勝 | アドマイヤオーラ、アドマイヤフジ |
| 2勝 | アドマイヤテラ、アドマイヤデウス、アドマイヤメイン、アドマイヤモナーク |
| 1勝 | アドマイヤエイカン、アドマイヤカイザー、アドマイヤクワッズ、アドマイヤコスモス、アドマイヤコマンド、アドマイヤゴールド、アドマイヤサガス、アドマイヤジャスタ、アドマイヤジャパン、アドマイヤスバル、アドマイヤタッチ、アドマイヤデイトナ、アドマイヤビッグ、アドマイヤベル、アドマイヤホクト、アドマイヤボサツ、アドマイヤボス、アドマイヤマツリ、アドマイヤマンボ、アドマイヤミヤビ、アドマイヤロイヤル |
アドマイヤテラの母は、2017年のクイーンカップを勝ったアドマイヤミヤビです。母子そろって重賞の勝ち馬になりました。
テラの2勝、2025年の目黒記念と2026年の阪神大賞典は、どちらも鞍上が武豊騎手です。
◆アドマイヤムーン
2006年世代のクラシック候補として名前が挙がったのが、アドマイヤムーンでした。
デビューから3連勝と評判は高かったものの、皐月賞は4着、日本ダービーは7着と大敗します。秋は天皇賞・秋へ向かい、武豊騎手を背に3着まで。この一戦をめぐって馬主と騎手のあいだに何があったかは、さきほど書いたとおりです。
翌2007年、アドマイヤムーンはドバイデューティーフリーを制します。日本調教馬によるドバイのGI制覇は、前年にドバイシーマクラシックを勝ったハーツクライに次ぐ2頭目でした。デューティーフリーというレースに限れば、日本の馬が勝ったのはこのときが初めてです。
いまでこそ日本の競走馬はドバイでも香港でも当たり前のように走りますが、その道を早い時期に通った1頭がこの馬でした。同じ年には宝塚記念も勝っています。
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そして宝塚記念の後、アドマイヤムーンの所有権はダーレー・ジャパン・ファームへ移ります。移籍金は40億円と報じられました。
引退レースとなった2007年のジャパンカップで、アドマイヤの馬なのにあの水色の勝負服を着ていなかったのは、こういう事情があったからです。このレースの勝ち馬としてJRAの記録に残る馬主名も、ダーレー・ジャパン・ファームになっています。
アドマイヤムーンは通算17戦10勝、GI3勝を含む重賞8勝で、2007年のJRA賞年度代表馬に選ばれました。種牡馬としてもセイウンコウセイとファインニードルという2頭のスプリントGI馬を送り出しています。
2024年に種牡馬を引退して余生を送っていましたが、2026年9月7日、ダーレー・ジャパンが公式Xで、病気のため亡くなったことを発表しました。23歳でした。
◆アドマイヤビルゴ
2017年に生まれたディープインパクト産駒です。デビューは2020年1月19日、京都の新馬戦でした。近藤氏はその2か月前に、この馬が走る姿を見ずに世を去っています。
生前、近藤氏は管理を任せた友道康夫調教師に、アドマイヤビルゴには武豊騎手に乗ってほしいと伝えていました。武豊騎手とは2007年以来、関係が切れたままです。
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプト調整等はおこなっておりません。
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その理由を、友道調教師はのちに次のように語っています。
「父ディープインパクトに乗ったことがあるのは武豊騎手しかいないから、調教でもいいからアドマイヤビルゴに乗って、ディープと比べてどうかを聞いてほしい」
2020年1月19日、アドマイヤビルゴは武豊騎手を背に単勝2.4倍の1番人気に応え、デビュー戦を勝ちました。武豊騎手がアドマイヤの勝負服に袖を通したのは、10年以上ぶりのことでした。
その後、アドマイヤビルゴは若葉ステークス、ムーンライトハンデキャップ、アンドロメダステークス、そして2022年のカシオペアステークスを勝ちます。デビュー戦を含めた5勝は、すべて武豊騎手が乗ったときのものでした。
リステッド競走を3勝しながら、重賞にはとうとう手が届きませんでした。2025年1月5日の中山金杯16着を最後に、同月9日に現役引退が発表されています。いまは北海道のノーザンホースパークで乗馬として過ごしています。
近藤氏が友道調教師に託したのは、重賞を勝ってくれという注文ではありませんでした。10年会っていない騎手に、この馬の背中の感想を聞いてほしい。頼みはそれだけです。その願いは、デビュー戦の日に果たされました。
近藤利一氏のように、自分だけの「勝ち馬」を見つける楽しさは馬券の世界にもあります。
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Q. アドマイヤの馬主は誰ですか?
馬主は近藤利一氏です。1984年に馬主資格を取得し、1987年から2019年まで中央競馬で活動しました。2019年11月17日に77歳で亡くなった後は、近藤旬子氏がアドマイヤの馬を所有しています。勝負服の「水色、白袖、青鋸歯形」は近藤利一氏のものと同じ配色が受け継がれています。
Q. 冠名「アドマイヤ」の意味は何ですか?
英語のAdmireが語源で、賞賛する、感心するという意味です。冠名とは馬主が所有馬につける共通の接頭語のことで、近藤利一氏はこの冠名を30年以上変えずに使い続けました。
Q. アドマイヤでGIを勝った馬は何頭いますか?
12頭です。アドマイヤドン、アドマイヤムーン、アドマイヤマーズ、アドマイヤグルーヴ、アドマイヤコジーン、アドマイヤベガ、アドマイヤマックス、アドマイヤジュピタ、アドマイヤホープ、アドマイヤラクティ、アドマイヤズーム、アドマイヤリードの12頭が、合計24のGIを勝っています。最も多いのはアドマイヤドンの7勝です。
Q. アドマイヤで一番賞金を稼いだ馬はどれですか?
アドマイヤドンです。GI7勝のうち5勝がJBCクラシックや帝王賞といったダートの交流競走で、中央と地方の両方で賞金を積み上げました。アドマイヤベガとは母が同じベガで、半兄弟の関係にあります。
Q. アドマイヤの馬はいまも走っていますか?
走っています。2026年にはアドマイヤパープル、アドマイヤシュラ、アドマイヤウルトラ、アドマイヤテラ、アドマイヤフク、アドマイヤクワッズ、アドマイヤズーム、アドマイヤデイトナ、アドマイヤジェイの9頭が出走しました。2026年4月には読売マイラーズカップをアドマイヤズームが勝っています。
近藤利一氏は1987年から2019年までの中央競馬で、6,520回走らせて745勝しました。重賞は60勝、GIは13勝でした。海外GI3勝と、地方の交流重賞10勝に含まれる交流GI6勝を足すと、GIの勝ち星は22になります。
この冠名で重賞を勝った馬は40頭、勝ち星の合計は85にのぼります。GIを勝ったのは12頭で、最多はアドマイヤドンの7勝です。日本ダービーを勝ったアドマイヤベガとは半兄弟でした。
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプト調整等はおこなっておりません。
[使用ツール・モデル]
・DALL·E 3
・Firefly
・StableDiffusion
・Juggernaut XL(KandooAI)
いまアドマイヤの馬は近藤旬子氏の名義で走っています。登録された勝負服は「水色、白袖、青鋸歯形」。近藤利一氏の表記と、細部まで同じです。2026年も9頭が出走し、4月には読売マイラーズカップをアドマイヤズームが勝ちました。鞍上は武豊騎手です。
直近では2026年9月6日、アドマイヤパープルがその服を着て走りました。