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サクラ軍団の軌跡 歴代サクラの冠名を持つ馬たち

歴代サクラ冠名馬たちの名勝負と伝説


競馬には、どの馬主が所有する競走馬か一目で分かるように冠名を付けられることがあります。
たとえば史上初無敗の三冠馬に輝いたシンボリルドルフの冠名は『シンボリ』であり、その息子で無敗の二冠馬となったトウカイテイオーの冠名は『トウカイ』など、挙げるとキリがありません。

そして、昭和から平成にかけて今もなお日本の競馬にその冠名を轟かせているのが『サクラ』通称サクラ軍団です。

サクラ軍団のイメージ画像
ℹ AI生成
この画像・動画は、AIによって生成された架空のイメージであり、実在の人物・馬・団体等を描写したものではありません。
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプト調整等はおこなっておりません。

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そこで今回は、サクラ軍団の軌跡と題して歴代サクラの冠名を持つ競走馬を集めてみました。

あの快速馬から最強馬を倒した名馬までサクラ軍団の歴史を振り返っていきますので、ぜひ最後までお楽しみください。

サクラバクシンオー


まず1頭目は、サクラ軍団の代表格ともいえるサクラバクシンオーです。

1994年にJRA賞最優秀短距離馬に輝いたサクラバクシンオーは、通算成績21線11勝で、そのうち1,400メートル以下では、12戦11勝という好成績を残しました。
その一方で1,400メートル以上は、9戦1勝と、まさに短距離を得意としたJRA史上最強のスプリンターです。

そして、現役時代では、そのスピードを武器に史上初となるスプリンターズステークス(G1)を連覇し、種牡馬入り後は、ショウナンカンプ、ビックアーサー、グランプリボスといった短距離G1馬を輩出。
2010年には、内国産種牡馬として史上3頭目となる産駒JRA通算1000勝を達成しました。
また、G1を7勝し、年度代表馬に2度も選出されたキタサンブラックの母の父としても有名ですね。

サクラローレル


続いては、1996年のJRA賞年度代表馬となったサクラローレルです。

サクラローレルのイメージ画像2
ℹ AI生成
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1996年の天皇賞・春(G1)では、最強馬ナリタブライアンを下し優勝すると、その後もマヤノトップガンやマーベラスサンデーとともに一時代を築いた名馬です。
また、6歳時には、日本調教馬として、28年ぶり4頭目となる凱旋門賞参戦を目指し渡仏。
しかし、前哨戦のフォワ賞(仏G2)で1番人気に支持されるも直線で後退。8着入線直後、武豊騎手は下馬しました。

精密検査の結果、右前脚屈腱不全断裂が判明し、現地の獣医師は安楽死を宣言します。
ただ、何とか一命を取り止めて帰国後、種牡馬入り。

初年度からローマンエンパイア、2年目にはサクラセンチュリーといった重賞勝ち馬を輩出しましたが、産駒のG1勝利までは届きませんでした。

サクラユタカオー


サクラ軍団の先駆者的存在でしょうか。
1986年の天皇賞・秋を日本レコードタイムで制するなど、3度のレコード優勝を記録した快速馬でした。
ただ、2,000メートル前後の距離で活躍を示しましたが、重馬場には極端に弱かった部分もサクラユタカオーの特徴でもありましたね。

種牡馬としては、サクラバクシンオーをはじめとする5頭のG1馬を世に送り出し、現在でもサクラ軍団の名を確立させています。
まさにサクラ軍団の先駆者だと思います。

サクラスターオー


1987年のJRA賞年度代表馬およびJRA賞最優秀4歳牡馬に選出されました。
ただ、サクラスターオーと聞けば壮絶な馬生が思い出します。
皐月賞(G1)では、1番人気のマティリアルを下して、2冠制覇に大きな期待が寄せられました。

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ところが、レース後に前脚の繋靱帯炎を発症し全治4か月の重傷と診断され、日本ダービー出走を断念。
その後、菊花賞(G1)には、約7か月ぶりとなるぶっつけ本番でレースに挑むことになります。
体調は万全の状態ではなく、さらに単勝9番人気と低評価でしたが、見事優勝を果たしクラシック2冠馬に輝きました。
関西の名アナウンサー杉本清アナがゴール前で「菊の季節に桜が満開!」と発したフレーズは、今でも名実況として語り継がれていますね。

そんなサクラスターオーは、年末の有馬記念でファン投票1位に選ばれて出走しますが、第3コーナーから最終コーナーの中間あたりで後退し、競走を中止。
予後不良が宣告されました。
しかし、懸命の延命治療が行われることになります。ところが、状態が悪化してしまい、翌年5月に安楽死の処置がなされたのです。
まさにサクラ軍団・悲劇の名馬だったでしょう。

サクラショウリ


名種牡馬パーソロンが送り出した初めての牡馬クラシックホースであり、1978年の日本ダービー(当時OP)と1979年の宝塚記念(当時OP)を勝利しました。
なお、掲示板を外したのは、5歳の有馬記念(当時OP)と引退レースとなった目黒記念(当時OP)のわずか2戦だけと、負けたレースでも常に好走を続けました。

また、種牡馬としては、1987年の年度代表馬となったサクラスターオーを輩出し、種牡馬としても成功を収めています。

サクラシンゲキ


サクラユタカオーの半兄でサクラ軍団の元祖スプリンターです。
典型的な逃げ馬で個性派としても人気を博しました。

そんな特攻のような大逃げを披露する姿に競馬ファンは『日の丸特攻隊』と呼びました。
なお、サクラスターオーの母サクラスマイルは、1歳下の半妹です。

サクラチヨノオー


馬名の由来は、元横綱・千代の富士からであり、その由来通りに1988年の日本ダービー(G1)を制しました。
ただ、その後、右前脚浅屈腱炎を発症し長期離脱となってしまい、1年後の安田記念(G1)で復帰を果たしましたが、再び屈けん炎が確認され現役を引退。
種牡馬としては、1997年の愛知杯(G3)を制したサクラエキスパートなどを輩出しました。

サクラホクトオー


馬名の由来は、半兄のサクラチヨノオーと同じく、当時最強力士の1人であった北勝海から名付けられ、デビューから無傷の3連勝で1988年の朝日杯3歳ステークス(G1)を制覇。
1988年度のJRA賞最優秀3歳牡馬に輝きました。

しかし悪馬場に弱くクラシック戦線では菊花賞の5着が最高でしたが、年末の有馬記念では、3着に入る意地を見せました。
種牡馬としては、1996年の共同通信杯4歳ステークス(G3)を勝ったサクラスピードオーを輩出しましたが、半兄サクラチヨノオーとともに直系ラインは残すことができませんでした。
ちなみに半兄のサクラトウコウは、天皇賞馬ネーハイシーザーを輩出しています。

サクラロータリー


サクラ軍団の主戦騎手だった小島太騎手が、自身の乗った中で最強の"サクラ馬"に挙げるほど、期待が大きかった1頭です。

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しかし、3戦3勝のまま、故障にて早期引退。
もし無事に走ることができていれば、どれだけ活躍したのか。
幻の三冠馬と称された実力があっただけに今でも早期引退が悔やまれますね。

サクラチトセオー


1995年の天皇賞・秋(G1)を制し、同年のJRA賞最優秀5歳以上牡馬に選出されました。
鋭い切れ味を誇る差し脚を武器に活躍し、引退レースとなった1995年の有馬記念でもマヤノトップガンの3着に食い込み、惜しまれつつ、その名をターフに残します。
種牡馬入り後は、2004年のダイヤモンドステークス(G3)の勝ち馬ナムラサンクスを輩出しました。

サクラキャンドル


父にサクラユタカオーを持ち、半兄は先に紹介したサクラチトセオーという良血で、1995年のエリザベス女王杯(G1)を勝った名牝です。

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なお、鞍上の小島太騎手は、これが騎手生活最後のG1勝利となったことで兄のサクラチトセオーとともに名ジョッキー引退の花道を飾った妹としても多くの競馬ファンに記憶されていますね。

まとめ


今回は、サクラ軍団の軌跡と題して、歴代の『サクラ』の冠名を持つ主な競走馬を紹介しました。

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多くの競馬ファンがサクラと聞けば、サクラ◯◯と自身の中で持っているといわれるほど、サクラ軍団の競走馬は日本競馬の一時代を築いたと思います。
現在では、その『サクラ』の冠名を持った競走馬は激減しましたが、それでも2024年の東京新聞杯(G3)を勝利したサクラトゥジュールなど、サクラの冠名を目にするとオールド競馬ファンは、きっと嬉しくなるはずです。

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