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天皇賞・秋の名勝負史 1991年メジロマックイーン降着からイクイノックス1分55秒2のレコードまで

秋の府中で何が起きてきたか


天皇賞・秋のレースレコードは、芝2,000メートルになった1984年の1分59秒3から、2023年の1分55秒2まで、4秒1縮まりました。その間の1991年には、1着で入線した馬が最下位の18着とされています。

2,000メートルでの天皇賞・秋は、2025年までに42回を数えました。2026年の第174回は、11月1日(日曜)の東京11レースで、15時40分に発走します。距離が変わってから43回目です。

天皇賞・秋のイメージ・東京競馬場の秋
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この画像・動画は、AIによって生成された架空のイメージであり、実在の人物・馬・団体等を描写したものではありません。
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプト調整等はおこなっておりません。

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1着で入線した馬が、なぜ最下位の18着とされたのか。当時と今とでは、降着にする条件そのものが違います。

目次

距離が変わった1984年


天皇賞の前身は、1905年に横浜の日本レースクラブが明治天皇から「菊花御紋付銀製花盛器」を下賜されて創設した「エンペラーズカップ」です。1937年の秋、東京競馬場の芝2,600メートルで行われた帝室御賞典競走が、第1回の天皇賞とみなされています。翌1938年の秋からは3,200メートル。戦後の1947年秋に今の「天皇賞」の名前となり、秋だけが芝2,000メートルに短縮されたのが1984年です。3歳馬が出られるようになったのは、1987年からでした。

2000年からは、ジャパンカップ・有馬記念とともに「秋の古馬三冠」の初戦に数えられています。同じ年に3つとも勝った馬は、2025年まででテイエムオペラオー(2000年)とゼンノロブロイ(2004年)の2頭だけです。

芦毛が並んだ80年代末


1988年は、地方の笠松から中央へ移ってきた3歳のオグリキャップ(当時の表記では4歳)が単勝1番人気でした。これを4歳のタマモクロスが1馬身1/4差で退け、勝ちタイムは1分58秒8。芦毛同士のワンツーフィニッシュです。

翌1989年は、20歳の武豊騎手が乗るスーパークリークが勝ち、オグリキャップはクビ差の2着に終わります。1990年はヤエノムテキと岡部幸雄騎手が、当時のレースレコード1分58秒2で勝ちました。東京の芝2,000メートルのコースレコードでもありました。けれど、日本レコードではありません。JRAの芝2,000メートルには、1988年の函館記念でサッカーボーイが出した1分57秒8が、すでにあったからです。

この42回で、芦毛の勝ち馬は1988年のタマモクロスと1991年のプレクラスニーの2頭だけです。1989年はオグリキャップが2着に入り、1991年は1位と2位で入線した2頭がどちらも芦毛でした。

1991年・降着の現場


1991年10月27日の第104回天皇賞は、小雨の中、不良馬場で行われました。1番人気は単勝1.9倍のメジロマックイーンです。前年に菊花賞を、この年の春に天皇賞を勝った、いわばステイヤーの王でした。祖父メジロアサマは1970年に、父メジロティターンは1982年に、どちらも秋の天皇賞を勝っています。鞍上の武豊騎手は22歳で、2年前にスーパークリークでこのレースを制していました。

1991年降着事件のイメージ
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この画像・動画は、AIによって生成された架空のイメージであり、実在の人物・馬・団体等を描写したものではありません。
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レースは、メジロマックイーンが2位のプレクラスニーに6馬身の差をつけて、1着で入線します。ところが、この1着は確定しませんでした。
問題になったのは、スタート直後の最初のコーナー(2コーナー)です。7枠13番から内へ進路を取ったメジロマックイーンの内側で、他の馬の進路が狭くなっていました。裁決は、メイショウビトリア、プレジデントシチー、ムービースターの進路を妨害したと判断し、メジロマックイーンは1位入線から最下位の18着に降着となります。繰り上がって1着になったのは、2位で入線していたプレクラスニー(江田照男騎手)でした。

2012年までのルールは、「走行妨害が、被害馬の競走能力の発揮に重大な影響を与えた」と裁決委員が判断すれば、加害馬を被害馬の後ろに降着とするものでした。被害を受けたプレジデントシチーが最下位で入線していたため、その後ろは18着になります。降着という仕組みそのものが、この年の1月に中央競馬へ入ったばかりだったとされます。
2013年からは、「その走行妨害がなければ被害馬が加害馬に先着していた」と裁決委員が判断した場合に降着とする基準に変わりました。JRAはその理由を、「馬がレースで見せたパフォーマンス(到達順位)が尊重され、シンプルで分かりやすい」ルールにするためと説明しています。

降着判定のイメージ
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被害を受けた3頭は、いずれも10位以下で入線していました。2013年からの基準で裁けば、着順は入線どおりだった可能性があります。当時の規定に照らせば、妥当な裁定です。6馬身先にゴールした馬の成績欄には、「18着」と記されています。

繰り上がりでも、天皇賞馬として記録に残るのはプレクラスニーです。芦毛の馬で、前走の毎日王冠を勝っています。天皇賞では3番人気でした。手綱を取った江田照男騎手は、このとき19歳でした。42回の勝ち騎手では、いまも最年少です。

一方のメジロマックイーンは、翌1992年に春の天皇賞を連覇したあと、6月に骨折して秋を全休しました。1993年は産經大阪杯、宝塚記念、京都大賞典を勝ちながら、秋の天皇賞の4日前に繋靭帯炎を発症して引退しています。秋の天皇賞に出たのは、この1991年の1回だけでした。

牝馬が頂点に立つ


1984年から13年、秋の天皇賞で牝馬は勝てていませんでした。その壁を破ったのは、1997年のエアグルーヴです。武豊騎手を背に2番人気で出走し、1番人気のバブルガムフェローをクビ差で抑えて、勝ちタイムは1分59秒0。1980年のプリテイキャスト以来、17年ぶりの牝馬の勝利でした。

2005年に14番人気のヘヴンリーロマンスが勝ったあと、2008年は1番人気のウオッカと2番人気のダイワスカーレットの勝負になります。ダイワスカーレットは前年に桜花賞、秋華賞、エリザベス女王杯を勝ち、この日が7か月ぶりの実戦でした。好スタートからハナを切ると、1000メートルを58秒7で通過し、直線では最内で粘ります。外から迫ったウオッカとの勝負は写真判定に持ち込まれ、差はわずか2cmでした。

勝ちタイムの1分57秒2は、2003年にシンボリクリスエスが出した1分58秒0を0秒8縮めるレースレコードで、東京の芝2,000メートルのコースレコードでもありました。3着のディープスカイ、4着のカンパニーまで、4頭が同じ1分57秒2で走っています。武豊騎手にとっては、ウオッカとのコンビで初めての勝利でした。

2010年にはブエナビスタが1番人気で勝ちました。2019年と2020年は、アーモンドアイが単勝1.6倍、1.4倍の支持に応えて連覇しています。秋の天皇賞を2回勝った馬は、3頭しかいません。シンボリクリスエス、アーモンドアイ、イクイノックスで、牝馬ではアーモンドアイが初めてです。1981年の春に勝ち抜き制が廃止されるまで、天皇賞は一度勝った馬が再び出られない仕組みでした。

大穴と最年長の話


42回のうち、二桁人気の馬が勝ったのは3回です。いちばんの大穴は1985年のギャロップダイナで、13番人気、単勝は8,820円でした。単勝1.4倍のシンボリルドルフを1/2馬身差で抑えた一戦で、この配当は、42回の単勝で今も最も高いままです。残る2回は1992年の11番人気レッツゴーターキンと、2005年の14番人気ヘヴンリーロマンスです。ヘヴンリーロマンスの年は、3連単が122万6,130円までつきました。

2011年のトーセンジョーダンは7番人気、単勝33.3倍での勝利でした。勝ちタイムの1分56秒1は、日本レコードを更新する時計です。

最年長の勝ち馬は、2009年に勝った8歳のカンパニーです。天皇賞・秋は2006年の16着、2007年の3着、2008年の4着に続く4回目の挑戦で、G1は13戦目にしての初勝利でした。続くマイルチャンピオンシップも勝ち、その年の11月に登録を抹消されています。

2012年から2014年は、5番人気が3年続けて勝ちました。エイシンフラッシュが16.6倍、ジャスタウェイが15.5倍、スピルバーグが11.0倍です。

大穴が勝ちきった年は3回でも、人気薄が2着や3着に食い込む年は珍しくありません。2016年から2025年の直近10年だけでも、6番人気以下の馬が延べ10頭、2着か3着に入っています。
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3歳馬の戴冠


3歳馬が秋の天皇賞に出られるようになったのは1987年からです。斤量は古馬より2キロ軽く、3歳の牡馬は56キロで走ります。最初に勝ったのは1996年のバブルガムフェローでした。
2002年は東京競馬場の改修工事のため中山で行われ、3歳のシンボリクリスエスが勝っています。翌年は4歳で東京に戻ったこのレースを連覇し、この距離で初めての連覇です。

その次に3歳馬が勝つまでには、19年かかりました。2021年のエフフォーリアです。2022年はイクイノックスが続き、2025年はマスカレードボールとミュージアムマイルの3歳馬2頭が1着と2着を占めました。3歳馬が出られるようになった1987年以降で、3歳の1・2着はこれが初めてです。

イクイノックスの1分55秒2


2023年10月29日の天皇賞・秋は、晴れの良馬場に11頭が出走しました。1番人気は単勝1.3倍のイクイノックスです。前年の天皇賞・秋を3歳で勝ってから有馬記念、ドバイシーマクラシック、宝塚記念とG1を4連勝中で、世界ランキングでも1位の評価を受けていました。

逃げたのは大阪杯を勝っていたジャックドールで、1000メートルの通過は57秒7でした。息の入らないそのペースを、イクイノックスは序盤から3番手で追いかけます。直線で抜け出すと、2着のジャスティンパレスに2馬身1/2の差をつけてゴールしました。勝ちタイムは1分55秒2です。2011年のトーセンジョーダンが持っていた日本レコード1分56秒1を0秒9縮めた時計で、JRAの芝2,000メートルではいまも最も速いタイムです。

上がり3ハロンは34秒2で、2016年からの10年の勝ち馬では、不良馬場だった2017年に次いで遅い数字でした。ラップを見ると、2ハロン目から最後の1ハロンまで、11秒台が9本並んでいます。

2着のジャスティンパレスは1分55秒6、3着のプログノーシスと4着のダノンベルーガも1分55秒8で走り、4頭がそれまでの日本レコードより速くゴールしています。

イクイノックスの圧勝のイメージ
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次の表は、1984年からの天皇賞・秋で、JRAの結果に「レコード」と記された勝ち時計の一覧です。

更新年 勝ち馬 騎手 勝ちタイム 縮めた幅
1984年 ミスターシービー 吉永正人 1分59秒3 初回
1985年 ギャロップダイナ 根本康広 1分58秒7 0秒6
1986年 サクラユタカオー 小島太 1分58秒3 0秒4
1990年 ヤエノムテキ 岡部幸雄 1分58秒2 0秒1
1999年 スペシャルウィーク 武豊 1分58秒0 0秒2
2003年 シンボリクリスエス O.ペリエ 1分58秒0 タイ
2008年 ウオッカ 武豊 1分57秒2 0秒8
2011年 トーセンジョーダン N.ピンナ 1分56秒1 1秒1
2023年 イクイノックス C.ルメール 1分55秒2 0秒9
※2003年は改修後の東京コースで出た記録で、時計は1999年と同じ1分58秒0

2,000メートルでの最初の3回は、毎年レコードが出ています。そこから2023年までの37年で、時計が縮んだのは5回でした。1990年と1999年は小刻みな更新で、2003年のシンボリクリスエスは1999年と同じ1分58秒0に並んでいます。そこへ2008年のウオッカが0秒8を一気に縮め、3年後にはトーセンジョーダンがさらに1秒1縮めました。2009年のカンパニーもウオッカと同じ1分57秒2で走りましたが、記録の更新にはなっていません。

イクイノックスはその年のジャパンカップを最後に引退し、2024年から種牡馬になりました。北海道安平町のノーザンファームで生まれ、10戦8勝、2着2回と、一度も連対を外さないまま現役を終えています。

2024年と2025年の天皇賞・秋


イクイノックスが去ったあとの2年は、55歳の騎手と、3歳の2頭が主役でした。

2024年 55歳の武豊騎手とドウデュース

2024年10月27日は曇りの良馬場で、15頭が出走しました。1番人気は単勝2.3倍のリバティアイランドで、ドウデュースは3.8倍の2番人気です。前走の宝塚記念では1番人気で6着に敗れていて、126日ぶりの実戦でした。逃げたホウオウビスケッツの1000メートル通過は59秒9で、G1としては緩やかな流れといえます。
ドウデュースは後ろから2頭目で折り合い、出走馬で最も速い32秒5の上がりで差し切りました。2着は9番人気のタスティエーラ、3着は逃げた8番人気のホウオウビスケッツでした。3連単は39万7,100円、612番人気の決着です。1番人気のリバティアイランドは、ドバイシーマクラシック3着から直行して13着に沈んでいます。

武豊騎手はこのとき55歳でした。42回の勝ち騎手では最年長で、初めて勝った1989年のスーパークリークは20歳のときです。天皇賞・秋はこれが7勝目になり、ドウデュースにとっては朝日杯フューチュリティS、日本ダービー、前年の有馬記念に続く4年連続のG1勝利でした。続くジャパンカップも、1番人気で勝っています。

2025年 3歳馬の1着と2着

2025年11月2日も曇りの良馬場で、14頭が走りました。宝塚記念を逃げ切ったメイショウタバルがここでもハナを切り、1000メートルの通過は62秒0です。そのスローな流れを、中団で運んだ1番人気のマスカレードボールが32秒3の上がりで差し切りました。単勝は2.7倍で、3歳での勝利です。2着は3/4馬身差で、同じ3歳のミュージアムマイルでした。この年の皐月賞を勝っていた馬です。3着は8番人気のジャスティンパレスで、2023年の2着、2024年の4着に続いて3年続けて掲示板に載っています。

マスカレードボールは皐月賞3着、日本ダービー2着と春のクラシックを勝ちきれず、これが初めてのG1でした。騎乗したC.ルメール騎手は天皇賞・秋の6勝目で、手塚貴久調教師はこのレースの初勝利です。ミュージアムマイルは、その暮れの有馬記念を勝っています。

データで見る天皇賞・秋


1984年から2025年までの42回に広げると、1年ごとの勝ち負けでは見えにくい偏りが、枠や年齢、前走の欄に出てきます。

1番人気の42回

42回を通して、1番人気は16勝、2着9回、3着4回で、3着以内は29回です。その中身は、時期によって大きく違います。1988年から1999年は、1番人気が12年続けて勝てませんでした。オグリキャップは1988年から3年続けて1番人気に推されながら勝てず、1991年はメジロマックイーンが降着、1998年は単勝1.2倍のサイレンススズカが競走を中止しています。1番人気が次に勝ったのは2000年のテイエムオペラオーで、13年ぶりのことでした。

反対に、2016年から2025年の直近10年は、1番人気が7勝しています。勝てなかったのは2018年のスワーヴリチャード(10着)、2021年のコントレイル(2着)、2024年のリバティアイランド(13着)の3回です。この10年の勝ち馬は10頭とも3番人気以内でした。

枠順と馬番

スタートは、1コーナーと2コーナーの奥に設けられた引き込み線です。そこから3つのコーナーを回ってゴールへ向かい、最初のコーナーまでの距離は長くありません。1991年にメジロマックイーンが内へ進路を取ったのも、この最初のコーナーでした。次の表は、42回の枠番別の成績です。
※本記事のデータは編集部による独自集計です。

枠番 出走 1着 3着内 勝率 3着内率
1枠 71 6 19 8.5% 26.8%
2枠 74 3 9 4.1% 12.2%
3枠 76 3 14 3.9% 18.4%
4枠 81 9 26 11.1% 32.1%
5枠 84 5 14 6.0% 16.7%
6枠 82 5 16 6.1% 19.5%
7枠 98 8 17 8.2% 17.3%
8枠 104 3 12 2.9% 11.5%
1〜4枠計 302 21 68 7.0% 22.5%
5〜8枠計 368 21 59 5.7% 16.0%
※集計は1984年〜2025年の42回、延べ670頭。取消・除外の馬は数えていません。改修工事で中山開催となった2002年も含みます(1985年は3着が2頭のため、3着内の合計は127)

3着内率は4枠の32.1%が最も高く、8枠の11.5%が最も低くなっています。4枠は9勝で、勝ち数でも最多です。8枠の勝ち馬は、1986年のサクラユタカオー、1989年のスーパークリーク、2003年に大外の18番から勝ったシンボリクリスエスの3頭だけです。直近10年でも、8枠から3着以内に入ったのは、2016年のステファノスの1回しかありません。
内と外の半分ずつに分けると、勝ち数は21勝ずつで並びます。開きが出るのは3着内率で、1〜4枠が22.5%、5〜8枠が16.0%でした。

馬番では、7番の馬が2022年から2025年まで4年続けて勝っています。イクイノックスの2回とドウデュース、マスカレードボールで、7番の7勝は馬番別で最多です。また、2013年から2025年の13回は、勝ち馬がすべて1番から9番の馬番から出ました。二桁の馬番で勝った最後の馬は、2012年のエイシンフラッシュ(12番)です。

年齢・3歳馬・牝馬

年齢は、年から生まれた年を引いた今の数え方にそろえています。年齢別では3歳馬の3着内率が36.6%で最も高く、延べ41頭で5勝しました。4歳は227頭で20勝、5歳は213頭で15勝です。6歳馬は極端で、42回で延べ113頭が走って1頭も勝っていません。7歳以上の勝利も、1998年のオフサイドトラップ(7歳)と2009年のカンパニー(8歳)の2回だけです。

牝馬は延べ60頭が走って6勝(5頭)を挙げ、3着内率は28.3%と、牡馬の18.2%を上回ります。直近10年の牝馬は17頭で、勝ったのは2019年と2020年のアーモンドアイだけです。

前走

前走は、1986年から2025年の40回で数えています。勝ち馬の前走で最も多いのは毎日王冠の13勝で、宝塚記念の8勝、京都大賞典の5勝、札幌記念の4勝が続きます。ところが毎日王冠から来た馬は、2014年のスピルバーグを最後に、2015年からの11回で1頭も勝っていません。次の表は、前走のレース別の成績です。

前走 1986〜2025年の40回 直近10年(2016〜2025年)
出走 1着 3着内 出走 1着 3着内
毎日王冠 198 13 41 32 0 4
宝塚記念 61 8 20 23 3 8
京都大賞典 72 5 11 8 0 0
札幌記念 39 4 9 19 1 4
オールカマー 88 1 7 16 1 1
日本ダービー 6 3 4 5 3 4
安田記念 16 2 6 8 2 5
天皇賞(春) 13 0 3 3 0 2
海外のレース 10 0 1 6 0 0
その他 135 4 18 24 0 2
計 638 40 120 144 10 30
※前走は天皇賞・秋の直前に実際に走ったレースで、「その他」は新潟記念、神戸新聞杯、セントライト記念、朝日チャレンジカップ、地方のレースなど

2019年から2025年の7回は、春のG1から夏を越して直行した馬が勝ち続けています。使ったレースは、安田記念、日本ダービー、宝塚記念の3つです。なかでも日本ダービー2着からそのまま天皇賞・秋に来た3頭は、3頭とも勝ちました。

一方で、直近10年に中2週までの間隔で臨んだ延べ40頭は、1頭も2着以内に入っていません。海外のレースから直行した馬も40回で10頭が走って勝利がなく、2014年以降の7頭はすべて4着以下でした。

騎手と調教師

騎手では、武豊騎手の7勝が42回の中で最も多く、1989年から2024年まで35年をかけて積み上げた数字です。1986年以降の34回の騎乗で、3着以内は12回ありました。これを追うC.ルメール騎手の6勝は、すべて2018年から2025年の8回で挙げたもので、残る2回は2021年の3着と2024年の8着です。
調教師では藤沢和雄調教師の6勝が最多で、2002年から2004年は3年続けて勝ちました。

血統

勝ち馬の父では、サンデーサイレンスの5勝が最多です。親子で勝った例もあります。1999年のスペシャルウィークの娘ブエナビスタが2010年に、2017年のキタサンブラックの息子イクイノックスが2022年と2023年に勝ちました。
父の父へとさかのぼる父系で数えると、サンデーサイレンスの系統が42回で12勝を挙げています。2015年から2025年の11回に限ると、キングカメハメハの系統が5勝で、サンデーサイレンスの系統の4勝を上回りました。2025年のマスカレードボールも、父ドゥラメンテ、その父キングカメハメハと続く血統です。

よくある質問


Q. 2026年の天皇賞・秋はいつですか?
2026年11月1日(日曜)です。東京競馬場の11レースで行われ、芝2,000メートルを15時40分に発走します。第174回で、距離が2,000メートルになってから43回目の天皇賞・秋です。

Q. 天皇賞・秋のレコードタイムは何秒ですか?
2023年にイクイノックスが出した1分55秒2です。JRAの芝2,000メートルの最速記録として、いまも破られていません。それまでの記録は、2011年にトーセンジョーダンが出した1分56秒1でした。

Q. 天皇賞・秋で1番人気はどのくらい勝っていますか?
1984年から2025年の42回で16勝、3着以内は29回です。1988年から1999年は12年続けて勝てませんでしたが、2016年から2025年の直近10年は7勝しています。

Q. 天皇賞・秋でいちばん多く勝っている騎手は誰ですか?
1984年以降では武豊騎手の7勝が最多で、C.ルメール騎手の6勝が続きます。武豊騎手は1989年に20歳で初めて勝ち、2024年にドウデュースで7勝目を挙げたときは55歳でした。

Q. 3歳馬や牝馬でも天皇賞・秋を勝てますか?
勝てます。3歳馬は出られるようになった1987年から延べ41頭が走って5勝し、2025年は3歳馬が1着と2着を占めました。牝馬は42回で延べ60頭が走って6勝で、エアグルーヴ、ヘヴンリーロマンス、ウオッカ、ブエナビスタ、アーモンドアイ(2勝)が勝っています。

まとめ


天皇賞・秋は1984年に芝2,000メートルとなり、2025年までに42回が行われました。1991年は、6馬身差の1位で入線したメジロマックイーンが進路妨害で18着に降着となり、2位で入線したプレクラスニーが繰り上がっています。当時の降着は、被害馬が能力を発揮するうえで「重大な影響」を受けたかどうかで決まり、2013年からは、被害馬が先着していたかどうかで決まる形に変わりました。

2023年のイクイノックスは1分55秒2で勝ち、2着から4着までの3頭も、それまでの日本レコードより速くゴールしました。翌年は55歳の武豊騎手が、ドウデュースでこのレース7勝目。2025年には、3歳のマスカレードボールとミュージアムマイルが1・2着を占めています。

数字で見ると、1番人気は42回で16勝、直近10年に限れば7勝でした。枠では8枠の3着内率が11.5%にとどまり、馬番では7番の馬が2022年から4年続けて勝っています。6歳馬は延べ113頭が走って1勝もしておらず、2019年からの7回はすべて、春のG1から直行した馬が勝ちました。毎日王冠から臨んだ馬の勝利は、2014年が最後です。

1991年に進路が狭くなったのは、スタートしてすぐの2コーナーでした。今年の確定の着順が、入線の順番どおりに並ぶことを願うばかりです。

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