天皇賞・秋の名勝負史|1991年降着とイクイノックスの1分55秒2
秋の府中というと、忘れがたい光景が二つあります。雨に沈んだ1991年の不良馬場と、薄曇りの2023年に電光掲示板へ点灯した「1分55秒2」。前者は競馬の裁定とは何かを考えさせ、後者は競馬の到達点をどこまで引き上げるのか、という問いを残しました。
天皇賞・秋が芝2000メートルに短縮されたのは1984年。今年で40年になります。距離短縮以後の40レースを総ざらいしようとすると本が一冊書けてしまう量なので、本稿では1991年と2023年を軸に、その合間で起きた幾つかの場面を併記する形で進めます。
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプトの調整等はおこなっておりません。
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1937年創設の帝室御賞典が前身で、戦後に「天皇賞」と名前を変え、長く春秋ともに芝3,200メートル。それを1984年から秋だけ2,000メートルへ。当時は反対論もそれなりにあったとか。
2000年からはジャパンカップ・有馬記念とともに「秋の古馬三冠」の初戦に位置付けられ、3レース完全制覇の達成馬は今のところテイエムオペラオー(2000年)とゼンノロブロイ(2004年)の2頭だけ。
1988年。地方笠松から中央へ移籍した4歳のオグリキャップが単勝1番人気。これを5歳のタマモクロスが1馬身1/4差で迎え撃ち、勝ちタイム1分58秒8。芦毛同士のワンツーフィニッシュで、当時の競馬場が異様なざわめきに包まれていたのを、今でも映像で確認できます。
翌1989年。20歳の武豊がスーパークリークで戴冠。オグリキャップを2着に下し、クビ差。1990年はヤエノムテキが岡部幸雄とのコンビで日本レコード1分58秒2。鹿毛と栗毛が王道だった競馬の流れが、80年代末の数年だけ芦毛に染まった、と書くとやや盛りすぎかもしれませんが、実際そんな空気感がありました。
本稿でいちばん書きたいのが、この1991年10月27日です。
朝から雨。芝コースは不良馬場。当時の最強馬として圧倒的に支持されていたのがメジロマックイーンで、前年の菊花賞、同年の春の天皇賞を制したいわばステイヤーの王。府中の中距離戦に挑むということで、ファンの期待は跳ね上がっていました。鞍上は武豊。22歳、すでにスーパークリークで2年前にこのレースを勝っていた、いま思えばかなりのプレッシャーをかけられる立場です。
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レースは、メジロマックイーンが後続に6馬身の差をつけて1着で入線。圧勝劇です。
ところが、確定までに時間がかかった。場内ではスローモーションが繰り返し流される。スタート直後、メジロマックイーンが内によれて、内側にいた他馬の進路を塞ぐような形になっていたのです。判定は「進路妨害」。1着入線から最下位の18着へ降着。1着の座は、5着で入線していたプレクラスニー(江田照男騎乗)に繰り上がりました。
ここで補足を一つ。当時のJRA裁定は、進路妨害が「他馬に明らかに不利を与えた場合」に降着とする運用で、走行妨害の影響度を細かく問うことはありませんでした。これは2013年以降に「妨害がなければ被害馬がさらに上位の着順となる可能性が大きい」場合に降着とする現行ルール(いわゆるカテゴリーA)に切り替わるまで続いた基準です。つまり、1991年のあの裁定は、今と同じ厳しさで現代に持ち込まれたら、判定が変わっていた可能性は十分あります。
もちろん、当時の規定で運用されたわけですから、降着自体に異論を挟むつもりはありません。ただ、ルールが変わることでレースの結末が変わりうる、という事実は、頭の片隅に置いておきたい話です。
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プレクラスニーの陣営に、複雑な空気があったのは想像に難くない。繰り上がりとはいえ、堂々の天皇賞馬。当然、馬の血統表にも結果が刻まれます。
一方のメジロマックイーン。翌1992年は天皇賞秋を回避、その後は勝ち星にも恵まれぬまま1993年に引退しました。父メジロティターンの血を、種牡馬として残します。
今もこのレースの動画を見返すと、不思議な感慨があります。圧勝の上りタイムから、降着の場内アナウンスへ。たった数分の落差。雨の日に偶然紛れ込んだ進路の取り方が、強い馬の戦績ページを書き換えた。レースの裁定が何を守るために存在するのか、競馬ファンに改めて問うた1日でした。
秋の天皇賞は、長く牡馬の独擅場。それを破ったのが1997年のエアグルーヴで、武豊鞍上、勝ちタイム1分59秒0。1980年のプリテイキャスト以来、17年ぶりの牝馬制覇でした。
次の章を切り開いたのは2008年のウオッカ。武豊コンビで、3歳牝馬三冠のダイワスカーレットを単勝1番人気で迎え撃つ構図。直線、内ダイワスカーレットと外ウオッカが、文字通り並んで突っ込んだ末の写真判定。差はわずか2cm。1957年から完全自動化されているJRAの写真判定が、ハナ差より僅かな差を厳密に測ることになりました。勝ちタイム1分57秒2は、当時の日本レコード。
ブエナビスタ(2010年)、アーモンドアイ(2019年・2020年連覇)と続き、2021年はグランアレグリア3着。連覇を達成した牝馬はアーモンドアイが史上初。シンボリクリスエス(2002・2003)以来の連覇を、性別を跨いで実現したことになります。
40レースのうち、波乱は何回かあります。
2005年ヘヴンリーロマンスは単勝75.8倍。2011年トーセンジョーダンは33.3倍で、勝ちタイム1分56秒1の日本レコード。9歳直前のカンパニーが2009年に勝った、史上最高齢の8歳戴冠も外せません。
ちなみに、2012年から2014年にかけては5番人気が3年連続で勝ちました。エイシンフラッシュ16.6倍、ジャスタウェイ15.5倍、スピルバーグ11.0倍。中波乱が常態化していた時期、と言っていいかもしれません。
3歳馬は古馬と斤量で2キロ違うので、世代交代の象徴になりやすい。先駆けは1996年バブルガムフェロー、距離短縮後初の3歳勝ち馬です。
2002年は中山開催という変則年で、3歳シンボリクリスエスが勝利。翌年は古馬になって連覇し、距離短縮後の連覇は史上初。
2021年エフフォーリア、2022年イクイノックス、2025年マスカレードボール。連年で3歳馬が勝つ流れが、近年は珍しくなくなっています。
ここから、もう一つの軸である2023年の話に入ります。
10月29日、東京4回9日目、芝コースは良馬場、Cコース替わりではない通常週でした。出走頭数11頭。1番人気は単勝1.3倍のイクイノックス。前年同レースを3歳で勝ち、4歳になってドバイシーマクラシック・宝塚記念とG1を3連勝中。世界ランキング1位という前評判で迎えたレースです。
レース展開は、ジャックドールが先行する平均ペース。3コーナー手前でイクイノックスが先頭集団に取り付き、4コーナー出口で早めに抜け出しました。直線、後続を1馬身、2馬身、4馬身と引き離してゴール板へ。2着ジャスティンパレス(横山武史)との着差は2馬身1/2。
勝ちタイム1分55秒2。それまでの日本レコード(2011年トーセンジョーダンの1分56秒1)を、0.9秒も塗り替えました。
上がり3ハロンを34秒2で纏めての1分55秒2、というのが恐ろしいところです。上がり3F自体は、平均的なG1の数字。つまり末脚を伸ばした瞬発勝負ではなく、レース全体のペースが速かった、というのが実情でした。
ちなみに2着のジャスティンパレスのタイムは1分55秒6。仮にこの時計でも、トーセンジョーダンが持っていた従来の日本レコードを上回る計算です。1着馬の異常値だけでなく、レース全体の水準が一段引き上がった夜だった、と捉えるのが正確です。
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプトの調整等はおこなっておりません。
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次の表は、距離短縮後の天皇賞・秋におけるレコード変遷です。
| 更新年 | 勝ち馬 | 騎手 | 勝ちタイム |
|---|---|---|---|
| 1986年 | サクラユタカオー | 小島太 | 1分58秒3 |
| 1990年 | ヤエノムテキ | 岡部幸雄 | 1分58秒2 |
| 1999年 | スペシャルウィーク | 武豊 | 1分58秒0 |
| 2003年 | シンボリクリスエス | ペリエ | 1分58秒0(タイ) |
| 2008年 | ウオッカ | 武豊 | 1分57秒2 |
| 2011年 | トーセンジョーダン | ピンナ | 1分56秒1 |
| 2023年 | イクイノックス | ルメール | 1分55秒2 |
37年で6回。0.1秒、0.1秒、0.2秒(タイ)、0.8秒、1.1秒、そして0.9秒。0.8秒短縮(2008年ウオッカ)の時点でファンは「もう当分破られない」と話していたはずなのに、3年で1.1秒短縮されています。記録の更新幅は、馬の素質と馬場造園課の整備技術の合算で決まるものなので、単純に「次の馬」を待つだけでは語れない領域に入っています。
イクイノックスは同年のジャパンカップを最後に引退。2024年から種牡馬入り、初年度の種付け料は2,000万円。日本生産馬で、デビューから引退までの全成績が10戦8勝・連対率10割という馬の評価としては妥当な水準だと考えます。
1991年の雨の府中で、強い馬の戦績ページが書き換わった夜があり、2023年の薄曇りの府中で、レースの水準そのものが一段上がった夜があった。次の天皇賞・秋でこの直線に立つ馬は、どんな血を継いでいるでしょうか。