顕彰馬は1984年から39頭だけ、牡馬三冠は8頭全員なのに牝馬三冠は7頭中3頭
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプト調整等はおこなっておりません。
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2026年6月15日、投票した記者157名のうち136名が、オジュウチョウサンと書きました。これで顕彰馬は39頭になります。
顕彰馬というのは、中央競馬に大きく貢献した過去の名馬をJRAが顕彰する制度で、選ばれた馬のブロンズ像や肖像画は東京競馬場のJRA競馬博物館に置かれます。日本中央競馬会の30周年記念事業として1984年に発足しました。
発足から43年で39頭。均せば1年に0.9頭ですが、実際には1984年だけで10頭がまとめて入り、その一方で1頭も選ばれなかった年が21回あって、その空白は2000年を境に後半へ寄っています。選ぶ人が入れ替わったのも、ちょうどその年でした。
投票するのは報道関係者で、投票者数の4分の3以上の票を得た馬が選定されます。2026年は記者157名でしたから、必要な票は118票。オジュウチョウサンの136票は得票率にして86.6%でした。記者1人が名前を書けるのは最大4頭までです。
前年のイクイノックスは記者158名のうち143票、90.5%で通っています。投票する人数が年ごとに動くぶん、越えるべき票数も毎年変わるので、118票という数字は2026年に限った話です。
票を投じられる相手にも条件があって、競走成績が特に優秀と認められる馬、競走成績が優秀でなおかつ種牡馬または繁殖牝馬としての産駒成績が特に優秀と認められる馬、それ以外で中央競馬の発展に特に貢献があったと認められる馬、の3つが基準として示されています。
さらに対象は直近20年の抹消馬に限られていて、2026年なら2005年4月1日から2025年3月31日までに競走馬登録を抹消した馬が候補です。現役馬と、抹消から1年経っていない馬は最初から外れます。
いまの投票制はずっと続いてきた形ではありません。JRAが殿堂のページに置いている注記は短いもので、1984年に制度を発足させ、平成11年、つまり1999年までは顕彰馬選考委員会の審議によって選定していた、2000年からは報道関係者の投票に変わった、と書いてあるだけです。
1999年までと2000年からで、頭数の出方が別物になります。
※本記事のデータは編集部による独自集計です。
| 顕彰馬選考委員会 | 報道関係者の投票 | |
|---|---|---|
| 期間 | 1984〜1999年(16年) | 2000〜2026年(27年) |
| 選ばれた頭数 | 25頭 | 14頭 |
| 1年あたり | 1.56頭 | 0.52頭 |
| 1頭も選ばれなかった年 | 6年 | 15年 |
16年で25頭に対して、27年で14頭。1年あたりに直すと1.56頭と0.52頭です。空白の年も、委員会のころは16年のうち6年だったのが、投票になってからは27年のうち15年を占めます。
投票制へ移ってから最初に顕彰馬が出たのは2004年で、タケシバオーとテイエムオペラオーの2頭でした。2000年から2003年までの4年間は、4分の3の線を越えた馬がいません。JRAが公表しているのは得票数と得票率までで、票を入れなかった理由は公表の対象に入っていません。
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプト調整等はおこなっておりません。
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その2004年に呼ばれたタケシバオーは、1965年生まれです。最後のレースは1969年11月11日、アメリカのワシントンDCインターナショナルで7着。国内では同年9月28日の中山が最後です。制度が発足した1984年の時点で引退から15年が経っていましたが、最初の10頭には入っていません。名前が挙がったのはそこからさらに20年後で、最終出走から数えると35年です。
反対の端には、引退の翌年に入った馬が8頭います。ミスターシービー、シンボリルドルフ、メジロラモーヌ、オグリキャップ、メジロマックイーン、ナリタブライアン、タイキシャトル、ウオッカ。このうち投票制のもとで選ばれたのはウオッカだけで、2010年3月4日の最終出走から翌2011年に入りました。残る7頭は委員会が決めていたころの馬です。
投票制で2年だったのはディープインパクト、オルフェーヴル、ジェンティルドンナ、イクイノックスの4頭。イクイノックスは2023年11月26日のジャパンカップを最後に引退し、2025年に選ばれています。
1984年から2026年までの39頭を、選考年の古い順に並べます。同じ年に複数が入った年は、生年の古い順です。
| 選考年 | 馬名 | 性 | 生年 | 競走成績 | 主な勝鞍 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1984年 | クモハタ | 牡 | 1936年 | 21戦9勝 | 東京優駿 |
| 1984年 | セントライト | 牡 | 1938年 | 12戦9勝 | 横濱農林省賞典4歳呼馬、東京優駿、京都農林省賞典4歳呼馬 |
| 1984年 | クリフジ | 牝 | 1940年 | 11戦11勝 | 東京優駿、阪神優駿牝馬、京都農商省賞典4歳呼馬 |
| 1984年 | トキツカゼ | 牝 | 1944年 | 30戦11勝 | 農林省賞典、優駿牝馬 |
| 1984年 | トサミドリ | 牡 | 1946年 | 31戦21勝 | 皐月賞、菊花賞 |
| 1984年 | トキノミノル | 牡 | 1948年 | 10戦10勝 | 朝日盃3歳S、皐月賞、東京優駿 |
| 1984年 | ハクチカラ | 牡 | 1953年 | 日本・32戦20勝/海外・17戦1勝 | 東京優駿、天皇賞(秋)、有馬記念、米国・ワシントンバースデイH |
| 1984年 | シンザン | 牡 | 1961年 | 19戦15勝 | 皐月賞、東京優駿、菊花賞、宝塚記念、天皇賞(秋)、有馬記念 |
| 1984年 | ハイセイコー | 牡 | 1970年 | 地方・6戦6勝/中央・16戦7勝 | 地方・青雲賞/中央・皐月賞、宝塚記念 |
| 1984年 | トウショウボーイ | 牡 | 1973年 | 15戦10勝 | 皐月賞、有馬記念、宝塚記念 |
| 1985年 | セイユウ | 牡 | 1954年 | 49戦26勝(サラ戦25戦5勝) | 読売C(春)、読売C(秋)、七夕賞、福島記念、セントライト記念 |
| 1985年 | グランドマーチス | 牡 | 1969年 | 63戦23勝(障害39戦19勝) | 中山大障害4回、京都大障害3回 |
| 1986年 | ミスターシービー | 牡 | 1980年 | 15戦8勝 | 皐月賞、東京優駿、菊花賞、天皇賞(秋) |
| 1987年 | シンボリルドルフ | 牡 | 1981年 | 日本・15戦13勝/海外・1戦0勝 | 皐月賞、東京優駿、菊花賞、有馬記念2回、天皇賞(春)、ジャパンカップ |
| 1987年 | メジロラモーヌ | 牝 | 1983年 | 12戦9勝 | 桜花賞、優駿牝馬、エリザベス女王杯 |
| 1990年 | メイヂヒカリ | 牡 | 1952年 | 21戦16勝 | 朝日盃3歳S、菊花賞、天皇賞(春)、中山グランプリ |
| 1990年 | コダマ | 牡 | 1957年 | 17戦12勝 | 阪神3歳S、皐月賞、東京優駿、宝塚記念 |
| 1990年 | スピードシンボリ | 牡 | 1963年 | 日本・39戦17勝/海外・4戦0勝 | 天皇賞(春)、有馬記念2回、宝塚記念 |
| 1990年 | テンポイント | 牡 | 1973年 | 18戦11勝 | 阪神3歳S、天皇賞(春)、有馬記念 |
| 1990年 | マルゼンスキー | 牡 | 1974年 | 8戦8勝 | 朝日杯3歳S |
| 1991年 | オグリキャップ | 牡 | 1985年 | 地方・12戦10勝/中央・20戦12勝 | 有馬記念2回、マイルチャンピオンシップ、安田記念 |
| 1994年 | メジロマックイーン | 牡 | 1987年 | 21戦12勝 | 菊花賞、天皇賞(春)2回、宝塚記念 |
| 1995年 | トウカイテイオー | 牡 | 1988年 | 12戦9勝 | 皐月賞、東京優駿、ジャパンカップ、有馬記念 |
| 1997年 | ナリタブライアン | 牡 | 1991年 | 21戦12勝 | 朝日杯3歳S、皐月賞、東京優駿、菊花賞、有馬記念 |
| 1999年 | タイキシャトル | 牡 | 1994年 | 日本・12戦10勝/ 海外・1戦1勝 | マイルチャンピオンシップ2回、スプリンターズステークス、安田記念、ジャックルマロワ賞(仏) |
| 2004年 | タケシバオー | 牡 | 1965年 | 日本・27戦16勝/海外・2戦0勝 | 朝日杯3歳S、天皇賞(春)、英国フェア開催記念 (スプリンターズS) |
| 2004年 | テイエムオペラオー | 牡 | 1996年 | 日本・26戦14勝 | 皐月賞、天皇賞(春)2回、宝塚記念、天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念 |
| 2008年 | ディープインパクト | 牡 | 2002年 | 日本・13戦12勝/海外・1戦0勝 | 皐月賞、東京優駿、菊花賞、天皇賞(春)、宝塚記念、ジャパンカップ、有馬記念 |
| 2011年 | ウオッカ | 牝 | 2004年 | 日本・22戦10勝/海外・4戦0勝 | 阪神ジュベナイルフィリーズ、東京優駿、安田記念2回、天皇賞(秋)、ヴィクトリアマイル、ジャパンカップ |
| 2014年 | エルコンドルパサー | 牡 | 1995年 | 日本・7戦6勝/海外・4戦2勝 | NHKマイルカップ、ジャパンカップ、サンクルー大賞 |
| 2015年 | オルフェーヴル | 牡 | 2008年 | 日本・17戦10勝/ 海外・4戦2勝 | 皐月賞、東京優駿、菊花賞、有馬記念2回、宝塚記念 |
| 2016年 | ジェンティルドンナ | 牝 | 2009年 | 日本・17戦9勝/ 海外・2戦1勝 | 桜花賞、優駿牝馬、秋華賞、ジャパンカップ2回、有馬記念、ドバイシーマクラシック |
| 2018年 | ロードカナロア | 牡 | 2008年 | 日本・17戦11勝/ 海外・2戦2勝 | スプリンターズステークス2回、高松宮記念、安田記念、香港スプリント2回 |
| 2020年 | キタサンブラック | 牡 | 2012年 | 20戦12勝 | 菊花賞、天皇賞(春)2回、ジャパンカップ、大阪杯、天皇賞(秋)、有馬記念 |
| 2023年 | アーモンドアイ | 牝 | 2015年 | 日本・14戦10勝/ 海外・1戦1勝 | 桜花賞、優駿牝馬、秋華賞、ジャパンカップ2回、天皇賞(秋)2回、ヴィクトリアマイル、ドバイターフ |
| 2024年 | キングカメハメハ | 牡 | 2001年 | 8戦7勝 | NHKマイルカップ、東京優駿 |
| 2024年 | コントレイル | 牡 | 2017年 | 11戦8勝 | ホープフルステークス、皐月賞、東京優駿、菊花賞、ジャパンカップ |
| 2025年 | イクイノックス | 牡 | 2019年 | 日本・9戦7勝/ 海外・1戦1勝 | 天皇賞(秋)2回、有馬記念、宝塚記念、ジャパンカップ、ドバイシーマクラシック |
| 2026年 | オジュウチョウサン | 牡 | 2011年 | 40戦20勝(障害32戦18勝) | 中山グランドジャンプ6回、中山大障害3回 |
※獲得賞金の列は置いていません。クモハタの74,414円とイクイノックスの日本分17億円台では賞金体系が違い、同じ列に並べても比較になりません。競走成績の書き方が馬によって違うのも同じで、海外遠征や地方在籍のある馬はJRAが日本と海外、中央と地方を分けて記載しています。
39頭のうち1頭だけ、競走成績の書き方が違います。1985年のセイユウで、欄は「49戦26勝(サラ戦25戦5勝)」と二重になっています。母の欄は「弟猛(アングロアラブ)」、異名は「アラブの怪物」。サラブレッドとの混合戦を別に数える書き方は、この行にしかありません。
生年でいちばん古いのが1936年のクモハタ、新しいのが2019年のイクイノックスで、83年ぶんが1つの表に収まっています。生涯を通じて負けなかった馬は3頭で、クリフジの11戦11勝、トキノミノルの10戦10勝、マルゼンスキーの8戦8勝です。
このうちクリフジは1943年に東京優駿と阪神優駿牝馬、そして京都農商省賞典4歳呼馬を勝っています。牝馬でありながら、当時のダービーと菊花賞にあたるレースを勝っています。
クラシック三冠を勝った牡馬は、1941年のセントライトから2020年のコントレイルまでで8頭。シンザン、ミスターシービー、シンボリルドルフ、ナリタブライアン、ディープインパクト、オルフェーヴルを加えたこの顔ぶれが、そのまま全員上の一覧に入っています。牝馬三冠のほうは7頭で、入っているのは3頭です。
| 三冠 | 達成した馬 | うち顕彰馬 | 入っていない馬 |
|---|---|---|---|
| 牡馬 | 8頭 | 8頭 | なし |
| 牝馬 | 7頭 | 3頭 | スティルインラブ、アパパネ、デアリングタクト、リバティアイランド |
牝馬側で入っているのは、メジロラモーヌ、ジェンティルドンナ、アーモンドアイです。
数える前に断っておくことがあります。三冠の中身が、時期によって同じではないためです。セントライトが達成した1941年、勝ったレースの名前は横濱農林省賞典4歳呼馬、東京優駿、京都農林省賞典4歳呼馬で、前後の2つがいまの皐月賞と菊花賞にあたります。牝馬側はもっと近年に動いていて、三冠目が秋華賞になったのは1996年からです。
この入れ替わりは、レースが1つ増えたという話ではありません。1995年までのエリザベス女王杯は出走馬の年齢がそろっていて、当時の表記で4歳、いまでいう3歳だけのレースでした。1996年から古馬に開放され、その年は4歳から7歳までが同じゲートに並んでいます。エリザベス女王杯が古馬へ開放されたのと、3歳限定の秋華賞が新設されて三冠の3つ目がそちらへ移ったのは、どちらも1996年です。
つまり1986年にメジロラモーヌが勝った三冠目はエリザベス女王杯で、ジェンティルドンナやアーモンドアイの三冠目とは別のレースです。
入っていない4頭のうち、リバティアイランドは2025年4月27日に海外のレースへ出走しています。2026年の選定対象が2025年3月31日までの抹消馬である以上、この馬はまだ枠の外です。残る3頭は最終出走から3年以上が経っています。
メジロラモーヌが顕彰馬になったのは1987年、三冠の翌年でした。次に牝馬三冠の馬が入るまでは29年あいて、2016年のジェンティルドンナまで待つことになります。牡馬側の8行が埋まっているのに対して、牝馬側は4行が空いたままです。
39頭のうち8頭は、父も顕彰馬です。
| 父(顕彰馬) | 子(顕彰馬) | 子の選考年 |
|---|---|---|
| トウショウボーイ | ミスターシービー | 1986年 |
| クモハタ | メイヂヒカリ | 1990年 |
| シンボリルドルフ | トウカイテイオー | 1995年 |
| ディープインパクト | ジェンティルドンナ | 2016年 |
| キングカメハメハ | ロードカナロア | 2018年 |
| ロードカナロア | アーモンドアイ | 2023年 |
| ディープインパクト | コントレイル | 2024年 |
| キタサンブラック | イクイノックス | 2025年 |
3代そろっているのは、キングカメハメハからロードカナロア、そしてアーモンドアイと続く1系統だけです。表の左側に2度出てくるのもディープインパクトだけで、ジェンティルドンナとコントレイルがそれにあたります。
父の側が顕彰馬でない組にも、顕彰馬を2頭出した種牡馬が5頭います。トウルヌソル(クモハタ・クリフジ)、プリメロ(トキツカゼ・トサミドリ)、チヤイナロツク(ハイセイコー・タケシバオー)、Kingmambo(エルコンドルパサー・キングカメハメハ)、そしてステイゴールド。ステイゴールドの2頭はオルフェーヴルとオジュウチョウサンで、平地の三冠馬と障害の顕彰馬が同じ父から出ています。
古い側にも1組あります。1984年の最初の10頭に入ったクモハタは1936年生まれで、産駒のメイヂヒカリが1990年に選ばれました。クモハタ自身の主な勝鞍は東京優駿ひとつですが、公式のプロフィールに並ぶ産駒は天皇賞やクラシックの勝ち馬ばかりで、種牡馬としての実績が効いた形が読み取れます。基準の2つ目には「競走成績が優秀であって、種牡馬又は繁殖牝馬としてその産駒の競走成績が特に優秀であると認められる馬」という条件が置かれています。
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプト調整等はおこなっておりません。
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2026年に選ばれたオジュウチョウサンは、中山グランドジャンプを6勝、中山大障害を3勝しています。障害の成績で入った顕彰馬としては2頭目で、1頭目は1985年のグランドマーチス、中山大障害4勝と京都大障害3勝の馬でした。41年空いているので「障害馬として初」ではありません。
経歴で目を引くのは、平地に戻ってきていることです。デビューは2013年10月19日、東京の芝1800mで11着。次走も8着で、勝てないまま障害へ移りました。そこから頂点に立ったあと、2018年に平地へ復帰して開成山特別と南武特別を連勝し、同じ年の12月23日には有馬記念に出走して9着に敗れています。鞍上は武豊でした。
和田正一郎調教師は、選定を受けてこう話しています。
「障害界の宝と言える馬をお預かりする重圧の中で、石神ジョッキーと担当厩務員、調教助手をはじめ、厩舎の全員で全力で調教に当たった日々が記憶に蘇ってきます。」
Q. 顕彰馬に選ばれると何が行われるのですか?
ブロンズ像や肖像画などの関係資料が作られ、東京競馬場内のJRA競馬博物館に展示されます。表彰そのものより、資料を残して後世に伝えることに重きが置かれた制度です。
Q. 顕彰馬と顕彰者はどう違うのですか?
顕彰馬は馬、顕彰者は調教師と騎手を指します。同じ「競馬の殿堂」のもとにある別々の枠で、選び方も別に定められています。本記事で扱っているのは馬のほうだけです。
Q. 地方競馬から来た顕彰馬はいますか?
ハイセイコーとオグリキャップです。JRAの記載も他の馬と形が違い、在籍先を分けて「地方◯戦◯勝/中央◯戦◯勝」と書かれています。選考はハイセイコーが1984年、オグリキャップが1991年です。
Q. オジュウチョウサンは障害馬として初の顕彰馬ですか?
初ではありません。1985年に選ばれたグランドマーチスが先にいます。オジュウチョウサンはそこから41年あいての2頭目にあたります。
Q. 三冠馬は全員が顕彰馬なのですか?
牡馬のクラシック三冠については全員です。牝馬三冠のほうは達成した7頭のうち3頭にとどまり、残る4頭は入っていません。
一覧でオジュウチョウサンのひとつ上に載っているのは、2019年生まれのイクイノックスです。オジュウチョウサンは2011年生まれ。
8つ年上の馬が、1年あとに同じ列へ並びました。