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札幌記念の歴史 なぜ一流馬が集うのか スーパーG2と呼ばれる夏の頂上決戦

スーパーG2と呼ばれる夏の頂上決戦


夏の札幌競馬場のイメージ
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この画像・動画は、AIによって生成された架空のイメージであり、実在の人物・馬・団体等を描写したものではありません。
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプト調整等はおこなっておりません。

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毎年8月、夏の札幌競馬場で行われる札幌記念。芝2000mの定量戦で、格付けはG2です。条件だけを見れば、夏のローカル開催に置かれた中距離重賞にすぎません。
それなのに、出走表にはG1を勝ったばかりの馬や、この後にG1を狙う馬が毎年のように並びます。ハンデ戦のように軽い斤量で恵まれる一戦でもないのに、です。だからでしょう、いつしか「スーパーG2」という、少し大げさにも聞こえる呼び名までつきました。

この競走が始まったのは1965年。ただ、いまの芝2000mで行われるようになったのは1990年からで、それ以前の四半世紀はダートで争われていました。芝の一戦としての歴史は、まだ40年に届きません。1997年にG2へ格上げされ、開催も真夏へ移ってから、札幌記念は少しずつ今の重みをまとっていきました。

実力上位がそのまま勝つ年が、たしかに多いレースです。それでいて、名だたる1番人気が足元をすくわれた年も少なくありません。勝った馬が、その秋にはG1の主役に化けていることもある。なぜ夏の札幌にこれだけの馬が集まるのか。話は、札幌にまだ芝コースが無かった時代までさかのぼります。

目次

札幌に芝コースが無かった頃


いまでこそ洋芝2000mの一戦として知られる札幌記念ですが、始まりはまったく違う顔をしていました。第1回は1965年。ただ、当時の札幌競馬場には芝コースがありません。中央の10場で芝を持たないのは、長いあいだ札幌だけでした。だから札幌記念も、開設からしばらくはダートで争われています。
転機は1989年。外回りのダートコースを削って、ケンタッキーブルーグラスなどを混ぜた100%洋芝の芝コースが新設されます。運用が始まったのは翌1990年から。この年、札幌記念はようやく芝2000mの重賞になります。1989年だけは1700mで行われ、そこを境に馬場も距離も一変しました。

グレード制でいえば、この頃はまだG3。夏の初め、6月から7月にかけて組まれる、どちらかといえば地味な重賞でした。

それでも、勝ち馬をたどると面白い名前が出てきます。芝に替わって2年目の1991年を勝ったのがメジロパーマー。この馬は翌1992年、9番人気で宝塚記念を、さらに15番人気で有馬記念を勝ってしまいます。夏の札幌で足がかりをつかんだ馬が、暮れのグランプリで主役になる。のちの札幌記念を先取りするような一頭でした。

1994年には、1番人気に応えてホクトベガが勝っています。のちにダート路線へ進み「女王」と呼ばれた名牝も、キャリアの途中でこの重賞に足跡を残していました。

1997年、G2昇格が変えたもの


札幌記念の性格が大きく変わったのは、1997年です。この年、夏の重賞としては唯一のG2へと格上げされ、開催時期も初夏から真夏の8月へと移りました。前年まで6月末に組まれていた重賞が、いきなり夏の看板レースへと引き上げられます。

格上げの初年度、その舞台にふさわしい馬が勝ちました。エアグルーヴです。父トニービン、母は名牝ダイナカール。前年の優駿牝馬(オークス)を制していた牝馬が、古馬を相手に1番人気で押し切ります。しかも翌1998年も勝ち、昇格したばかりのG2を連覇しました。

このエアグルーヴ、1997年は札幌記念のあとに天皇賞(秋)まで勝ち、牝馬でありながらその年のJRA賞年度代表馬に選ばれています。格上げ直後の勝ち馬が、その年を代表する1頭になった。札幌記念にとって、これ以上ない看板の掲げ方でした。

もう一つ、地味ですが効いているのが斤量の条件です。1997年の格上げ時点では別定でしたが、2006年からは定量に変わりました。
ハンデ戦なら、実績のある馬ほど重い斤量を課され、そのぶん取りこぼしも増えます。ところが定量は、年齢と性別だけで斤量が決まる仕組みで、強い馬が背負い込まされることがありません。実力どおりに走れる条件がそろっているからこそ、力のある馬が安心して使える。夏の札幌にトップクラスが集まってくる下地は、この制度の側にもありました。

札幌記念という出世の起点


夏の芝コースを先頭で駆ける競走馬のイメージ
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札幌記念の勝ち馬には、はっきりした傾向があります。ここでの一勝を足がかりに、秋の大舞台へ駆け上がっていく。そういう馬が、何頭も出ています。

わかりやすい例が、2005年のヘヴンリーロマンスです。このときの人気は9番手。それが松永幹夫騎手を背に、洋芝の直線を先頭で抜け出しました。
ただ、ここで終わりませんでした。秋、天皇賞・秋へ向かうと、14番人気の低評価をひっくり返して勝ってしまう。9番人気で夏を勝った馬が、二か月半後にはG1のタイトルを手にしていました。夏の一勝は、まぐれではなかった。札幌記念の底の深さが、これ以上ないほど分かりやすく出た一年でした。

翌2006年の勝ち馬アドマイヤムーンは、もっと分かりやすい出世頭です。1番人気に応えて札幌記念を勝つと、翌2007年には海を渡ってドバイの大レースを制し、宝塚記念、ジャパンカップとG1を積み上げます。世界へ打って出る、その前の一戦が夏の札幌でした。

同じ道筋は、その後も繰り返されます。2010年のアーネストリーは翌年の宝塚記念へ、2011年のトーセンジョーダンは同じ年の天皇賞・秋へ。近いところでは、2022年に勝ったジャックドールが、明けて2023年の大阪杯を制しました。

これは、開催時期の妙でもあります。札幌記念は、秋のG1シーズンが本格化する少し前、夏の終わりに置かれた一戦です。休み明けの実力馬にとっては、ちょうどいい始動の場になります。ここを気持ちよく勝てた馬は、いい流れのまま秋を迎えられます。出世の起点という言葉には、そんなカレンダー上の都合も混じっています。

逆に、すでにG1を勝った実力馬が、始動戦としてここを選ぶこともあります。皐月賞と菊花賞を制した二冠馬セイウンスカイもそうですし、牝馬二冠のテイエムオーシャンや、無敗で牝馬の頂点に立ったファインモーションもここを使いました。近年では、有馬記念を勝ったブラストワンピースが始動戦に選んでいます。

勝ち上がってくる若い上がり馬と、実績を積んだ実力馬が、同じゲートに入る。それが夏の札幌の顔ぶれです。
※本記事のデータは編集部による独自集計です。

勝ち馬 人気 主なG1タイトル
1997・98エアグルーヴ1番人気天皇賞(秋)・オークス
2004ファインモーション1番人気秋華賞・エリザベス女王杯
2005ヘヴンリーロマンス9番人気天皇賞(秋)
2006アドマイヤムーン1番人気宝塚記念・ジャパンカップ
2010アーネストリー1番人気宝塚記念
2011トーセンジョーダン1番人気天皇賞(秋)
2019ブラストワンピース3番人気有馬記念
2021ソダシ2番人気桜花賞・阪神ジュベナイルフィリーズ
2022ジャックドール3番人気大阪杯

人気の欄を見てほしいのですが、9番人気のヘヴンリーロマンスのような伏兵もいれば、1番人気で堂々と勝った馬もいる。決して「人気薄しか勝てない」レースではありません。堅くも荒くも決まる。それでいて、勝ち馬の多くがG1と地続きの場所にいます。札幌記念の格は、この一点に尽きます。

一流が足をすくわれる夏


定量で実力が出やすい。そう書いてきましたが、毎年きれいに順当な決着になるわけではありません。名だたる1番人気が足をすくわれた場面も、いくつも記憶に残っています。

2009年、この年の桜花賞と優駿牝馬を勝ったばかりの3歳牝馬ブエナビスタが、古馬相手に1番人気で出てきました。ところが勝ったのは7番人気のヤマニンキングリー。世代の主役の、思わぬ取りこぼしでした。
2014年も似ています。1番人気は宝塚記念を連覇する実力馬ゴールドシップ。それを差し置いて勝ったのは、桜花賞馬の3歳牝馬ハープスターでした。翌々年の2016年には、国内外で活躍した1番人気モーリスが、5番人気ネオリアリズムの前に屈しています。

背景には、この舞台ならではのクセがあります。札幌の芝は100%の洋芝。ケンタッキーブルーグラスなどを混ぜた芝は力が要り、時計もかかります。直線は266.1mと、JRAの芝コースでも指折りに短い。そこへ1周1640.9mの小回りが重なると、前めで運んで器用に立ち回れる馬のほうが、ぐっと運びやすくなります。
能力の絶対値だけでは押し切れません。洋芝で脚を使えるか、夏場に状態を保てるか。そんな別の物差しが入ってきます。力上位の1番人気でも、そこがかみ合わなければあっさり足元をすくわれます。

実際、G2に上がった1997年以降の29回で、1番人気が勝ったのは7回。勝率にすると24%ほどで、重賞全体の平均より低めです。人気別に見ると、こんな内訳になります。

人気 勝利数 勝率
1番人気7勝24.1%
2〜3番人気11勝37.9%
4〜6番人気7勝24.1%
7番人気以下4勝13.8%

いちばん多いのは2〜3番人気で11勝。1番人気は7勝どまりで、飛び抜けた支持ほど、意外に勝ち切れていません。数字の上でも、夏の札幌は一筋縄ではいかない一戦です。

白毛の女王と、血のつながり


夏の札幌のゴール前で競り合う競走馬のイメージ
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近年の札幌記念で、いちばん華があったのは2021年でしょう。白毛の桜花賞馬ソダシが、2番人気でここを勝ちました。父はクロフネ、母はブチコ。真っ白な馬体が、夏の緑の芝によく映えていました。2着に退けたラヴズオンリーユーは、のちに世界を転戦する実力馬です。その相手を、白毛の牝馬が真っ向からねじ伏せました。

血のつながりでは、2007年の勝ち馬フサイチパンドラも見逃せません。5番人気での地味な勝利で、当時はそこまで騒がれた馬ではありません。ところが、この牝馬がのちに産んだ娘が、ロードカナロアを父に持つアーモンドアイでした。牝馬三冠をはじめG1を9勝した歴史的名牝の母が、ほかでもない夏の札幌の勝ち馬でした。

近年の勝ち馬も、顔ぶれはばらばらです。2023年は川田将雅騎手のプログノーシス。翌2024年は岩田康誠騎手のノースブリッジ。そして2025年は、10番人気のトップナイフが横山典弘騎手を背にさらっていきました。ここ数年だけでも、堅い決着と大波乱が入り混じっています。夏の札幌の予想は、いまも簡単ではありません。

まとめ


格上げ初年度の1997年、真っ先にこの舞台を制したのがエアグルーヴでした。その秋には天皇賞・秋まで勝ち、牝馬で年度代表馬に輝いたのは、よく知られたとおりです。夏の札幌が一年の主役を占う。それを最初に証明した一頭でした。
それから四半世紀あまり、この一戦の顔ぶれは豪華になる一方です。夏にここを抜け出した馬が、秋のG1で主役に座る。その流れは、いまも変わっていません。

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