ノーザンファームと社台ファームの違い 吉田家三兄弟から見る日本競馬の生産地図
競馬中継を見ていると、出走馬の紹介で「生産:ノーザンファーム」という表記をやたらと目にします。
一方で「社台ファーム」の名も頻繁に現れる。どちらも「社台」の系列だと聞いたことはあるけれど、具体的に何がどう違うのか。
答えを一言で言えば、この二つの牧場は同じ父親から分かれた、別の息子の牧場です。
父の名は吉田善哉。日本の競走馬生産を根底から変えた人物でした。
1955年、北海道で繁殖牝馬8頭から始まった牧場がありました。
千葉の社台牧場から独立した吉田善哉が興した「千葉社台牧場」、のちの社台ファームです。
善哉は渡米して米国の先進的な生産手法に衝撃を受けた人でした。帰国後は白老に分場を開き、アイルランドから種牡馬ガーサントを導入し、1971年には早来に新しい牧場を開場しています。この早来の牧場が、のちにノーザンファームへと名前を変えることになります。
善哉の最大の功績は、1990年のサンデーサイレンス購入に尽きます。
米国ケンタッキーダービーとプリークネスステークスを勝った同馬は、しかし母系の評価が低く、米国での種牡馬需要はほとんどありませんでした。シンジケート40株のうち購入を希望したのはわずか3人、種付け申込は2人。
善哉は1,100万ドル、当時の為替レートで約16億5,000万円を投じてこの馬を手に入れました。
長男の照哉が米国フォンテンブローファームの場長時代に築いた人脈が、売り手であるアーサー・ハンコック3世との交渉を可能にしたと言われています。
善哉にとっては、文字どおり最後の大仕事でした。体調を崩していた善哉は、サンデーサイレンスの初年度産駒がデビューする前の1993年8月13日、72歳で亡くなっています。
善哉の死後、社台グループの事業は三人の息子に分割されました。
長男・吉田照哉(1947年生まれ)は、千歳の社台ファームを引き継ぎました。善哉が築いた本流を受け継いだ形です。種牡馬事業を行う社台スタリオンステーションの共同代表も務めています。
次男・吉田勝己(1948年生まれ)は、1994年1月、善哉の死去から半年後に早来の牧場を「ノーザンファーム」へ改称して独立しました。もともと善哉の存命中から場長として早来の運営を任されていた人物です。
三男・吉田晴哉(1951年生まれ)は、白老ファームの運営を担いつつ、1995年に追分ファームを創業しました。住友銀行を辞めて競馬の世界に飛び込んだ経歴を持ちます。
整理すると、以下のような構図です。
| 担当 | 牧場 | 所在地 |
|---|---|---|
| 長男・照哉 | 社台ファーム | 北海道千歳市 |
| 次男・勝己 | ノーザンファーム | 北海道安平町早来 |
| 三男・晴哉 | 追分ファーム+白老ファーム | 北海道安平町+白老町 |
種牡馬を繋養する社台スタリオンステーションは三兄弟の共同運営です。ここが重要な点で、どの牧場で生まれた馬であっても、種付けに使える種牡馬の顔ぶれは基本的に同じです。
同じ種牡馬が使えるのに、なぜ牧場によってこれほど差がついたのか。
社台グループの三牧場がどれだけJRAのG1レースを勝っているのか。年別の数字を並べると、ある時期から一方的な展開になっていることが分かります。
※本記事のデータは編集部による独自集計です。
| 年 | ノーザンF | 社台F | 白老F | 追分F | G1総数 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2005 | 9 | 2 | 0 | 1 | 21 |
| 2010 | 8 | 5 | 0 | 0 | 23 |
| 2015 | 9 | 0 | 1 | 0 | 22 |
| 2017 | 11 | 2 | 1 | 1 | 24 |
| 2019 | 19 | 0 | 0 | 0 | 24 |
| 2021 | 14 | 0 | 0 | 0 | 24 |
| 2023 | 17 | 3 | 0 | 0 | 24 |
| 2024 | 11 | 5 | 0 | 0 | 24 |
| 2025 | 14 | 5 | 0 | 0 | 24 |
2019年は全24レース中19レースをノーザンファーム生産馬が制しています。占有率にして79%。残り5レースを他のすべての生産者で分け合った計算です。
通算で見ても、ノーザンファームのG1勝利は236勝。社台ファームは旧名義を含めて109勝、追分ファームは8勝、白老ファームは26勝です。
社台グループ全体でJRAのG1を合計379勝しているわけですが、そのうち6割以上がノーザンファーム1牧場に集中しています。
ディープインパクト、イクイノックス、アーモンドアイ、リバティアイランド、そして2026年のクロワデュノール。
多くの人が「社台の馬」と漠然と呼んでいるG1馬のほとんどは、正確にはノーザンファームの生産馬です。
一方で、社台ファームに目を向けると、やや異なる風景が見えてきます。
1990年代にはフジキセキ、ジェニュイン、ダンスインザダーク、ベガ、エアグルーヴと、今なお語り継がれる名馬を送り出していました。サンデーサイレンスの初期産駒はむしろ社台ファーム生産馬が中心だったのです。
善哉が亡くなった1993年時点では、早来(のちのノーザンファーム)と千歳(社台ファーム)の間に、これほどの差はありませんでした。
同じ種牡馬が使え、同じ北海道の気候条件にありながら、なぜノーザンファームだけがここまで突出したのか。
要因はいくつか挙げられますが、最も大きいのは「育成への投資」だと考えます。
ノーザンファームは2010年秋に滋賀県甲賀市に「ノーザンファームしがらき」を、翌2011年には福島県天栄村に「ノーザンファーム天栄」を相次いで開設しました。
しがらきはJRA栗東トレーニングセンターから車で約30分、天栄は美浦トレーニングセンターの近郊です。西と東に育成拠点を構えたことで、レースの10日前まで自前の施設で馬を仕上げ、直前にトレセンの厩舎へ送り込む体制が確立されました。
いわゆる「外厩」と呼ばれる仕組みです。
JRAの厩舎には馬房数に限りがあり、すべての管理馬を常時入厩させておくことはできません。そこで外部の育成施設で調教し、レース直前だけ入厩するスタイルが広まったわけですが、ノーザンファームはその設備と人員で他を圧倒しました。
2025年4月時点でノーザンファームの従業員数は1,146名。在厩馬は約3,100頭と言われています。一つの牧場というより、競走馬の生産から育成、レース直前の仕上げまでを一貫して手がける「垂直統合型の企業」に近い存在です。
繁殖牝馬の質と量もあります。
G1を勝った牝馬や、G1馬の母を優先的に確保できる資金力。セリで高額馬を買い付け、ノーザンファームの繁殖牝馬群に加えていく循環ができあがっています。
良い繁殖牝馬に良い種牡馬を掛け合わせ、生まれた仔を自前の施設で鍛え上げる。この循環が完成してからのノーザンファームは、他の生産者が追いつける構造ではなくなりました。
生産牧場の力関係を知ると、馬券検討の視点も変わります。
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「社台グループ」と並んでよく聞くのが、サンデーレーシングやキャロットファームといったクラブ法人の名前です。
これらは一口馬主として出資者を募り、共同で馬を所有する仕組みですが、どの牧場の系列に属しているかで扱いが大きく異なります。
2000年以降のJRA・G1における馬主別の勝利数を集計すると、以下のようになります。
| クラブ法人 | 系列 | 代表者 | G1勝利数 |
|---|---|---|---|
| サンデーレーシング | ノーザンF | 吉田俊介(勝己の長男) | 88 |
| キャロットファーム | ノーザンF | 黒田真知子 | 36 |
| 社台レースホース | 社台F | 吉田哲哉(照哉の長男) | 28 |
| シルクレーシング | ノーザンF | 米本昌史(勝己の娘婿) | 26 |
| G1レーシング | 追分F | 吉田正志(晴哉の長男) | 4 |
サンデーレーシングの88勝が突出しています。
代表は吉田俊介氏、つまりノーザンファーム代表・吉田勝己氏の長男です。ノーザンファームの副代表も兼任しており、ノーザンファーム生産馬の中から有望な馬をクラブ募集に回すポジションにいます。
キャロットファームも2001年からノーザンファームと提携しており、株主には勝己氏の娘がいます。シルクレーシングの代表・米本昌史氏も勝己氏の娘婿です。
つまり、ノーザンファーム系列のクラブだけで88+36+26=150勝。社台ファーム系列の社台レースホース28勝と比べると、5倍以上の差がつきました。
2023年以降のG1勝ち馬を見ても、クロワデュノール(サンデーレーシング)、イクイノックス(シルクレーシング)、リバティアイランド(サンデーレーシング)、エンブロイダリー(シルクレーシング)と、ノーザンファーム系のクラブが主役を占めています。
社台レースホース所有馬でG1を複数勝ったジャンタルマンタルは、むしろ例外的な存在と言えるかもしれません。
では、社台ファームは衰退しているのかと言えば、そうとも言い切れません。
2024年のダービー馬ダノンデサイル、同年の大阪杯と翌年も連覇したベラジオオペラ、朝日杯フューチュリティステークスからNHKマイルカップ、安田記念、マイルチャンピオンシップとG1を4勝したジャンタルマンタル。いずれも社台ファーム生産馬です。
2022年には桜花賞とオークスの二冠をスターズオンアースが制し、2023年の皐月賞はソールオリエンスが勝ちました。年間5勝をマークした2024年、2025年は、社台ファームとして久しぶりに存在感を示した年だったと言えます。
施設面でも動きがあります。
社台ファームは1992年から宮城県に山元トレーニングセンターを持っていましたが、2024年6月に三重県鈴鹿市に新たな育成拠点を開設しました。ノーザンファームの天栄としがらきに対抗する東西体制を整えた格好です。
リーディングブリーダー(年間獲得賞金1位の生産者)としてはノーザンファームが2011年以降15年連続で首位を守っていますが、社台ファームは2位を堅持しています。
ノーザンファームを追いかける立場にいるのは確かですが、他のすべての生産者よりは上にいる。それが社台ファームの現在地です。
1990年に善哉が買い付けたサンデーサイレンスが初年度産駒のフジキセキで衝撃を与えたのは1994年の朝日杯3歳ステークスでした。あの馬は社台ファームの生産馬です。
善哉が存命であれば、早来と千歳の牧場がこれほど異なる道をたどることはなかったかもしれません。
2026年の春、ノーザンファーム生産のクロワデュノールが大阪杯と天皇賞春を連勝しました。社台ファーム生産のジャンタルマンタルも前年にG1を4勝し、マイル路線の主役に座っています。
善哉が繁殖牝馬8頭で始めた牧場は、今では日本競馬のG1をほぼ二つの陣営で分け合っています。三人の息子がどんな馬を送り出してくるのか。それは毎週末の競馬場で確かめられます。