親子ともに日本ダービーを制した馬とは?歴代7組の名馬を紹介
「ダービー馬のオーナーになることは、一国の宰相になるよりも難しい」とは、競馬発祥の地とされるイギリスの言葉です。
宰相になること、つまり日本に置き換えれば「総理大臣になることよりも難しい」ということになります。
これは、あくまでもダービーを勝つことがどれだけ難しいのかを表現した言葉ですが、それだけ、どの国の競馬においてもダービーとは特別なレースといえます。
そんな日本においてのダービーとは、日本ダービー(G1)のことを指しますが、これは馬主や調教師を始めとする競馬関係者だけに限らず、競走馬にも当てはまることだと思います。
ましてや、親子で日本ダービーを制した例は、これまで日本の競馬史においても7組しかありません。
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプトの調整等はおこなっておりません。
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そこで今回は、親子ともに日本ダービーを制した馬と題して、今から約90年以上前、JRAの前身である日本競馬会よりも前の時代まで遡り、偉大な親子たちを紹介しますので、ぜひ最後まで楽しんでください。
まず、日本ダービーの正式名称は『東京優駿』であり『日本ダービー』とは副称です。
そして、日本ダービーを優勝することは、日本の競馬に関わるすべての関係者が憧れる、最高の栄誉の1つで、競馬の祭典ともいわれています。
また、日本では、ダービーと名の付くレースがいくつか存在しますが、単にダービーといえば日本ダービーのことを指します。
そんな日本ダービーは、1932年に第1回大会が目黒競馬場にて行われ、後に創設された皐月賞・菊花賞とともに『三冠競走』として構成され、牝馬による桜花賞・オークスを含め『五大クラシック競走』とも総称されています。
なお、第3回大会より東京競馬場に変更されて以降、2024年現在まで、代替開催等により開催地が変更されたことは1度もなく、芝2,400メートルといったコースおよび距離変更もありません。
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ここからは、本題である日本ダービーを親子で制した名馬たち7組を紹介していきます。
※以下、馬名横の()内は優勝した年を表しています。
カブトヤマは、第2回大会で優勝しましたが、その年の秋に竣工された東京競馬場に第3回以降は移転となったため、カブトヤマが「目黒競馬場最後のダービー馬」となりました。
その後、1947年の第14回大会にて、産駒のマツミドリが制し、史上初となる親子ダービー制覇を達成しました。
続いては、史上初の三冠馬に輝いたセントライトの翌年の日本ダービーを勝ったミナミホマレは、2頭のダービー馬を輩出しました。
それが、1954年の第21回大会を優勝したゴールデンウエーブと第25回大会を制したダイゴホマレです。
ちなみに当時の優勝賞金は、200万円でした。
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次に紹介するのは、日本競馬史の中でも燦然と輝く『皇帝と帝王』の親子です。
シンボリルドルフは、史上初の無敗で三冠馬となった日本競馬史上最強馬の1頭として数えられるほどの名馬で、その息子であるトウカイテイオーも無敗で日本ダービーを制しました。
そして、トウカイテイオーには、親子で史上初となる無敗の三冠馬誕生と期待されましたが、残念ながら骨折により菊花賞(G1)に出走できず、その夢は儚くも散ってしまったのです。
4組目となるのが、日本競馬史上初となる父と娘でダービーを制したタニノギムレットとウオッカの親子です。
タニノギムレットは、2年連続で年度代表馬に輝いたシンボリクリスエスといった超強豪馬が同期として立ちふさがる中、そのシンボリクリスエスを抑えてダービーを制覇しました。
それから僅か5年後、娘のウオッカが、牝馬として64年ぶりにダービー制覇の偉業を達成。
今後、父娘の組み合わせでダービーを制する親子は現れるのでしょうか。
2003年当時、短期騎手免許で来日していたミルコ・デムーロ騎手を背に皐月賞(G1)とダービーを制し、2冠馬となったネオユニヴァースは、同年のJRA賞最優秀3歳牡馬に選出された名馬です。
そして、2005年より種牡馬となったネオユニヴァースは、2009年に初年度産駒のロジユニヴァースがダービーを優勝したことで、史上5組目となる親子ダービー制覇の偉業を達成しました。
なお、レース当日は、午後から雨が降り、馬場状態が急激に悪化。これは、1969年以来40年ぶりの不良馬場での開催となっています。
また、鞍上の横山典弘騎手は、デビュー24年目でダービージョッキーになったことも印象的でしたね。
続いては、キングカメハメハとドゥラメンテ、レイデオロの親子です。
キングカメハメハは、2004年のNHKマイルカップ(G1)をレースレコードで制し、ダービーをコースレコードで優勝しました。
これは『変則2冠馬』として称され、秋以降も大きく期待されましたが、その秋に故障を発生してしまい惜しくも引退となります。
そして、翌2005年から種牡馬入りすると、多くのG1馬を輩出した名種牡馬の地位を築きました。
そんなキングカメハメハの代表産駒とされるのが、名牝エアグルーヴの娘アドマイヤグルーヴとの間にできたドゥラメンテです。
ドゥラメンテは、イタリア語の「荒々しく、はっきりと」といった音楽用語が馬名の由来である通り、荒々しく皐月賞とダービーを制し、クラシック2冠馬に輝きました。
また、2017年のダービーを制したレイデオロは、日本が誇る名伯楽・藤沢和雄調教師とクリストフ・ルメール騎手に初となるダービータイトルをもたらしました。
ここまで6組の親子をみていただき、お分かりかと思いますが、産駒が複数ダービーを制した組み合わせは、ミナミホマレとキングカメハメハ親子の2組しかいません。
まさに一子相伝ともいうべきでしょうか。
しかし、日本近代競馬の結晶であるディープインパクトだけは、これまで紹介した親子とは違います。
それは、ディープインパクト産駒が日本ダービーを制した数が7勝だからです。
以下が父にディープインパクトを持ち、ダービーを制した競走馬です。
- ディープブリランテ(2012年)
- キズナ(2013年)
- マカヒキ(2016年)
- ワグネリアン(2018年)
- ロジャーバローズ(2019年)
- コントレイル(2020年)
- シャフリヤール(2021年)
こうして見ますと、改めてディープインパクトの凄さが分かりますよね。ほぼ毎年のようにダービー馬を輩出しています。
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプトの調整等はおこなっておりません。
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今後、種牡馬としてダービー馬を7頭以上輩出することは、皆無に等しいのではないでしょうか。それほどまでに種牡馬ディープインパクトは偉大すぎると思います。
なお、余談ですが、日本の血統史を塗り替えたといっても過言ではない大種牡馬サンデーサイレンスは、ディープインパクトを始めとする6頭のダービー馬を輩出しました。
その父を上回る7頭ものダービー馬を世に輩出したディープインパクトは、すべてにおいて、日本競馬史上最強馬といえますね。
今回は、親子ともに日本ダービーを制した名馬たちを紹介しました。
数ある競馬の格言の中に『ダービー馬はダービー馬から』というものがあります。ただし、この格言は、ディープインパクト産駒たちが証明するまで、にわかに信じがたい格言でした。
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプトの調整等はおこなっておりません。
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今後は『ダービー馬はダービー馬から』との格言にプラスして『さらにダービー馬まで』を実現させる種牡馬の誕生に期待したいですね。