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親子ともに日本ダービーを制した馬とは?歴代7組の名馬を紹介

親子で日本ダービーを制した名馬たち


「ダービー馬はダービー馬から」。
競馬界に古くから残る格言です。父がダービー馬であれば、その血を受け継いだ仔もまた府中の直線に立つ。なるほど血統の理屈としては筋が通った話ですが、約 90 年の歴史で実際にそれが成立した例はわずか 7 組

日本ダービー(東京優駿)は、3 歳の牡牝が一生に一度だけ挑める頂点のレースです。馬主・調教師・騎手はもちろん、競走馬にとっても生涯の肩書を分ける一戦。ましてやそれを父と子で重ねるのは、血統の理屈と運の偶然が同じ場所で交差しない限り成立しない出来事です。

ℹ AI生成
この画像・動画は、AIによって生成された架空のイメージであり、実在の人物・馬・団体等を描写したものではありません。
また、肖像権・パブリシティ権に配慮し、特定の人物に類似させるための学習データ使用やプロンプトの調整等はおこなっておりません。

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JRA の前身である日本競馬会よりもさらに前、目黒競馬場でダービーが行われていた時代から、現代のディープインパクト産駒まで。
府中の直線で同じ栄誉を父と子で分け合った 7 組の名馬たちを、年代を追って眺めていきます。

日本ダービーとは?


日本ダービーは正式名称『東京優駿』、副称が『日本ダービー』。競馬の祭典です。
国内には地方ダービーや関連条件戦などダービーと名の付くレースが複数ありますが、単に「ダービー」と呼べば 3 歳牡馬・牝馬による東京優駿を指す、というのが競馬ファン共通の感覚です。

第 1 回は 1932 年、目黒競馬場で行われました。
後年に新設された皐月賞と菊花賞を合わせて『三冠競走』、桜花賞・オークスまで含めれば『五大クラシック競走』と呼ばれる枠組みの中心です。
第 3 回から舞台が東京競馬場に移って以降、代替開催等による会場変更は一度もありません。芝 2,400 メートルというコース設定も、ずっとそのままです。

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カブトヤマ(1933年)とマツミドリ(1947年)


ここからは 7 組の名馬を、年代を追って取り上げていきます。
※以下、馬名横の () 内は優勝した年です。

カブトヤマは 1933 年 4 月 23 日、第 2 回東京優駿大競走を制した一頭です。
舞台はまだ目黒競馬場でした。3 番人気、不良馬場、メリーユートピアを 4 馬身離しての完勝。鞍上は調教師を兼務する大久保房松で、当日は高熱を押しての騎乗だったと伝わっています。

カブトヤマと大久保の付き合いは深く、29 戦すべてに大久保が乗ったとされます。1 人の人間が 1 頭の馬の競走人生をまるごと背負った往年の空気が、こうした記録からにじみます。
その秋に東京競馬場が竣工し、翌第 3 回からダービーは府中へ移ります。結果的にカブトヤマは「目黒競馬場最後のダービー馬」という、日本の競馬史に残る肩書を背負うことになりました。

年が下って 1947 年、第 14 回大会。戦後初開催のダービーで勝ったのが、カブトヤマの産駒マツミドリです。
マツミドリは 1944 年生まれ。前哨戦の農林省賞典(現・皐月賞)では、後にトキツカゼと呼ばれる馬に敗れて 2 着。続くダービーで雪辱を果たし、史上初の親子ダービー制覇という記録を作りました。

その後マツミドリも種牡馬入りしますが、1953 年の北海道で馬伝染性貧血が流行した際に罹患し、防疫のため殺処分されます。父と子で 1 つずつ歴史を作ったあとで、子の血の方が早くに途切れてしまった。

ミナミホマレ(1942年)とゴールデンウエーブ(1954年)・ダイゴホマレ(1958年)


史上初の三冠馬セントライトが歴史を塗り替えたのが 1941 年。
その翌年、1942 年の第 11 回東京優駿競走を勝ったのがミナミホマレです。
戦時下の開催でした。レース当日は晴天で良馬場。アルバイトとの叩き合いをクビ差で制し、当時のレコードタイムで駆け抜けました。

ミナミホマレはダービー後 4 戦して 3 勝。翌 1943 年から種牡馬として供用され、戦後の混乱期に産駒たちを送り出します。
その産駒からダービー馬が 2 頭、しかも 4 年差で出てきたのが、この親子の凄味です。1954 年の第 21 回でゴールデンウエーブが、1958 年の第 25 回でダイゴホマレが優勝しました。同じ父を持つ仔がほぼ同じ世代感覚でダービーを連続制覇する例は、現代でもそう多くありません。

親子で日本ダービーを制した名馬たちのイラスト
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シンボリルドルフ(1984年)とトウカイテイオー(1991年)


続いては『皇帝と帝王』。
シンボリルドルフとトウカイテイオーの親子です。

シンボリルドルフは 1984 年 5 月 27 日、第 51 回東京優駿を勝った史上初の無敗三冠馬です。鞍上は岡部幸雄、人気は当然のように 1 番。ダービーの勝ちタイムは 2 分 29 秒 3。同年の皐月賞、菊花賞をいずれも 1 番人気で勝ち、翌 1985 年には天皇賞春・ジャパンカップ・有馬記念まで制覇しました。16 戦して 13 勝。完璧という言葉が似合う戦績です。

無敗のまま府中の直線を抜けたのが、その仔のトウカイテイオーです。1989 年生まれ、1991 年 5 月 26 日の第 58 回東京優駿で府中の直線を制しました。
若駒ステークス、若葉ステークス、皐月賞を無傷で勝ち上がり、ダービー本番も 1 番人気で押し切ったレース。タイム 2 分 25 秒 9、鞍上は安田隆行。父子そろっての無敗ダービーは、現時点でこの親子のほかにありません。

当然「親子で史上初の無敗三冠馬誕生か」という期待が膨らみました。しかしトウカイテイオーは骨折で菊花賞を回避します。
夢としては、惜しい途切れ方でした。皐月賞・ダービーまで全戦無敗のまま秋を迎えた馬を、競馬ファンはそうそう何度も拝めません。

タニノギムレット(2002年)とウオッカ(2007年)


4 組目はタニノギムレットと、その娘ウオッカ。日本競馬史上初の父娘ダービー制覇です。
タニノギムレットは 2002 年 5 月 26 日の第 69 回東京優駿で、武豊を背に 1 番人気で勝利しました。タイムは 2 分 26 秒 2。同期には後に 2 年連続で年度代表馬に輝くシンボリクリスエスがいて、そのシンボリクリスエスを抑えての戴冠でした。

それから 5 年後、2007 年 5 月 27 日の第 74 回東京優駿。タニノギムレットの娘ウオッカが、3 番人気でその直線を切り裂きます。
鞍上は四位洋文、調教師は角居勝彦。いずれもダービー初制覇でした。2 着アサクサキングスを 3 馬身離す圧勝で、勝ちタイムは父を上回る 2 分 24 秒 5。1943 年のクリフジ以来、実に 64 年ぶりとなる牝馬の優勝です。

ウオッカについては、4 歳秋以降の戦績の方がダービー以上に印象に残る人もいるかもしれません。
古馬になってから牡馬の壁を抜けて獲った GⅠ は、天皇賞秋・安田記念連覇・ヴィクトリアマイル・ジャパンカップ。ウオッカという馬を伝説に押し上げたのは、ダービーよりも、この古馬時代の数字の方でした。父娘ダービーの達成は、その後に続く長い戦歴の序章でしかありませんでした。

ネオユニヴァース(2003年)とロジユニヴァース(2009年)


2003 年、短期免許で来日していたミルコ・デムーロを背に皐月賞とダービーを連勝したのがネオユニヴァースです。
第 70 回東京優駿は 6 月 1 日、1 番人気、勝ちタイム 2 分 28 秒 5。同期で 2 冠を制したこの 1 頭は、その年の世代の頂点に立ちました。

2005 年から種牡馬入りすると、初年度産駒のロジユニヴァースが 2009 年 5 月 31 日、第 76 回東京優駿で優勝します。2 番人気、鞍上は横山典弘、勝ちタイム 2 分 33 秒 7。
史上 5 組目の親子ダービー制覇でした。

忘れがたいのは、当日の馬場です。
午後から本格的な雨が降り、馬場状態は急激に悪化。発表は不良。1969 年以来およそ 40 年ぶりの不良馬場ダービーだったとされます。タイムが 2 分 33 秒台まで落ち込んだのもその影響です。
横山典弘騎手はデビュー 24 年目で、ようやくダービージョッキーの仲間入りを果たしました。長く第一線で乗り続けてきた騎手がたどり着く最大の勲章、その瞬間が雨の府中でした。

キングカメハメハ(2004年)とドゥラメンテ(2015年)・レイデオロ(2017年)


続いてキングカメハメハと、その仔のドゥラメンテ、レイデオロ。父から数えて 2 頭のダービー馬を出した、現代日本競馬の柱になった親子です。
キングカメハメハは 2004 年 5 月 30 日、第 71 回東京優駿で安藤勝己を背に 1 番人気で優勝。勝ちタイムは 2 分 23 秒 3 でした。同年の NHK マイルカップとの変則 2 冠は、距離体系を縦断したような特殊な戴冠で、マイルから 2,400 メートルまで強さを示した馬として記憶されています。秋に故障し早世する形で引退、翌 2005 年から種牡馬入りしました。

その代表産駒の 1 頭が、名牝エアグルーヴの娘アドマイヤグルーヴとの間に生まれたドゥラメンテです。
馬名はイタリア語の音楽用語「荒々しく、はっきりと」から取られています。2015 年 5 月 31 日、第 82 回東京優駿でその名にふさわしい走りを見せ、皐月賞・ダービーの 2 冠を達成しました。鞍上は M.デムーロ、人気は 1 番、勝ちタイム 2 分 23 秒 2。

さらに 2 年後、2017 年 5 月 28 日の第 84 回東京優駿で勝ったのが、同じくキングカメハメハ産駒のレイデオロでした。
鞍上はクリストフ・ルメール、調教師は藤沢和雄。日本競馬界に長く貢献してきた名伯楽と、すでに JRA リーディング常連だった外国人騎手の組み合わせで、双方とも初のダービータイトルでした。その後レイデオロは天皇賞秋を制し、古馬王道路線でも結果を残します。
父キングカメハメハがマイルからダービー距離をまたいで強さを見せ、息子たちが古馬になっても G1 を獲り続ける。この親子の連鎖が、現代の種牡馬としてのキングカメハメハ評価をそのまま支えています。

ディープインパクト(2005年)の産駒たち


ここまで 6 組を眺めてきました。
産駒が複数のダービー馬を出した親はミナミホマレとキングカメハメハの 2 頭だけで、ほかは父子で 1 頭ずつ。種牡馬がダービー馬を産むこと自体、それくらい起きにくい現象です。

ところが、ここに 1 頭だけ別格の存在がいます。日本近代競馬の結晶と呼ばれるディープインパクトです。
父にディープインパクトを持ち、ダービーを制したのは以下の 7 頭です。

  • ディープブリランテ(2012年)
  • キズナ(2013年)
  • マカヒキ(2016年)
  • ワグネリアン(2018年)
  • ロジャーバローズ(2019年)
  • コントレイル(2020年)
  • シャフリヤール(2021年)

鞍上と人気だけ並べても、内訳がおもしろい馬たちです。
ディープブリランテは岩田康誠で 3 番人気。キズナは武豊で 1 番人気、2 着に同じディープインパクト産駒のエピファネイアを置いての勝利でした。マカヒキは川田将雅で 3 番人気。ワグネリアンは福永祐一で 5 番人気。ロジャーバローズは浜中俊で 12 番人気の大波乱。コントレイルは福永で 1 番人気、ダービー後に菊花賞まで取って父譲りの無敗三冠。そしてシャフリヤールもまた福永で 4 番人気。
本命視された馬の堅実な勝利と、12 番人気の波乱が同じ父の名のもとに同居しています。

種牡馬としての成績を一枚の表で見ると、もう少しドライな印象になります。
産駒の総出走数は 25,312、勝ち上がりは 3,225 頭。勝率は 1 割 2 分、複勝率はおよそ 3 割 3 分という数字です。およそ 3 回に 1 回は馬券圏内に届かせている計算です。
ダービー馬を 7 頭出した事実は、これだけ走らせた中での頂点です。母数の大きさと打率の高さがあって初めて、ダービーという 1 着 1 枠のレースで複数勝利が出てきます。

父サンデーサイレンスのダービー産駒は 6 頭。タヤスツヨシ、スペシャルウィーク、アドマイヤベガ、アグネスフライト、ネオユニヴァース、そしてディープインパクト本馬です。
産駒数で言えばサンデーサイレンスのほうが多いはずですから、ダービー馬の輩出数 7 対 6 は、率としてはディープインパクトが父を超えたことを意味します。7 頭という数字だけ見ればそう読めますが、1 番人気から 12 番人気まで散らばった内訳の方が、種牡馬としての底の広さを示しています。本命馬を勝たせる適性と、伏兵を上がり最速で突き抜けさせる適性が、同じ血の中に同居しているわけです。

「ダービー馬はダービー馬から」という古い格言があります。
ディープインパクト産駒の 7 勝が示すまで、これは半ば願望のような格言でした。7 頭という数字が出て、ようやく格言が事実になりました。

ディープインパクトのイラスト
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今後、1 頭の種牡馬がダービー馬 7 頭を出す光景が再び訪れるかはわかりません。
繁殖牝馬の質、年度ごとの世代力、馬場や時計の傾向。条件があまりに重なり合っていないと再現されない数字です。日本競馬史上最強馬ディープインパクトは、競走馬としての強さよりも、種牡馬としてのこの圧倒的な再現性で語り継がれるのかもしれません。

まとめ


親子で日本ダービーを制した 7 組を、年代を追って眺めてきました。
目黒の砂を蹴ったカブトヤマから、府中の直線でレコードを更新したディープインパクト産駒たちまで。同じレースを巡って親と子が時代をまたいで勝利した記録は、わずか 90 年余りの間に積み上げられたものです。「ダービー馬はダービー馬から」という古い格言は、長く半信半疑で語られてきましたが、ディープインパクトの 7 頭が登場してようやくデータで裏打ちされました。

牧場で寄り添う親馬と仔馬のイラスト
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次にこの 7 組の続きが書き加えられるのが、いつ、どの父子なのかはまだ分かりません。

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