ケータイ電話が進んできた歴史とこれから!

ケータイ電話が進んできた歴史とこれから!

携帯電話の昔と未来

携帯電話の昔と未来

今はもはや我々の暮らしにとって欠かせない存在となっている携帯電話ですが、現代ではその携帯電話もスマートフォンやウェアラブルデバイスの隆盛などによって、ただ電話やメールを送るための道具ではなくなりつつあり、新しい時代を迎えようとしています。 このサイトではそんな携帯電話の歴史とこれからの携帯電話について詳しく解説していきます。

携帯電話の機能は文字通り通話だけだった?

何を当たり前の事をと言うかもしれませんが、当時の携帯電話はまさに電話が出来るだけのデバイスでした。それは気づけば、メールが出来るようになり、そして写真を撮影して送ることも出来るようになり、WEBも閲覧できるようになり、更にはピザを購入したり、動画を撮影したり、電車の来る時間を調べたり、オススメの飲食店までの道のりを調べたりともはや出来ないことが無いほどの携帯デバイスとなっていました。これほどまでになんでも出来る万能デバイスを誰もが所持しているという異常な自体をほとんどの人が当たり前のように受け入れていますが、これは冷静に考えれば物凄くおかしなことなのです。

あらゆるものが携帯で解決する時代に
インドア派の三大娯楽というとおそらくほとんどの人が「ゲーム」「読書」「映画鑑賞」を上げるかと思います。人によってはこれに「音楽鑑賞」が入るかもしれませんし、ネットサーフィンが入るかもしれません。しかし、それらの娯楽の殆どは今や全て、スマートフォンによって享受することが出来るようになっています。また、今や殆どの人がわからないことがあれば検索しようという意識が染み付き始めていますが、それも今や携帯電話で音声検索出来るといった状況になっています。問題解決と娯楽という人間にとって全てといっていい物が全て、携帯電話によって便利になっていっているのです。
あらゆるものが携帯でつながる時代に
そして、それらの問題解決や娯楽だけでなく、人と人とのつながりや距離や時間といったものもこれらの携帯電話の躍進と、それを支える多くのウェブ、アプリ・サービスによって高度化されていきました。いつどこにいても、好きな人と話をしたり、一緒に映画を見たり、思い出の写真を交換したり、一緒にゲームをしたり、面白いものをやコンテンツを共有しあったりと、場所、時間、距離などから完全に開放され、人々の脳はあらたなる仮想という領域の中に人と人とのつながりを夢想するまでに至っているのです。
あらゆるものが携帯で発信できる時代に
またそれはこれまでは情報発信手段を持たなかった人や、逆に情報発信手段を独占していた人にまで影響を与えています。今や携帯電話があれば、新聞やニュース番組などよりも早く、最新のニュースや情報を手に入れることも出来ますし、また、それらの事件に遭遇した本人が、情報をリークできるようになっており、もはやその間に入る人が必要なのかと疑われかねないほどにその情報のスピードというモノは早く、そして安価になっていっています。

もはや誰もがオウンドメディアを所有できる時代になり、更にはほとんどの人がそれらのメディアにアクセスするための携帯端末を所有している為、それは今までは様々な発信媒体に頼るしかなかったクリエイターにとっても、まさに革命的な時代が到来したと言えるのでしょう。現実問題として、それは多くの新しい文化や芸術、そして娯楽を生み出し、まさに人間が抱えていた欲望自体をも新たな段階へと押し上げようとしています。

トランシーバーから派生した携帯電話

そんな高度な機能を持った携帯電話ですが、根本と言えるモノはもっと簡素なものでした。その携帯電話の元祖とも言えるのは第二次世界大戦中にモトローラ製のウォーキートーキーと呼ばれる双方型無線機です。これをアメリカ軍は使っていたのですが、これは実際は回線を使用していないトランシーバーでした。この持ち運び可能なトランシーバーから、少しずつ携帯電話へと、その設計が変わっていくのですが、トランシーバーと携帯電話の違いがよくわからないという人もいるかもしれませんので、まずは携帯電話とトランシーバーの違いから説明していきましょう。

トランシーバーと携帯電話の違い

まずそもそもの仕組みとして、トランシーバーは通信機同士が直接電波のやり取りをするのに対して、携帯電話は電話機と基地局との間で電波をやり取りして、通話は基地局(と電話のネットワーク)経由で行います。

トランシーバーは二つ(or もっと)の通信機がお互いに電波の届く範囲であれば、山の上でも南極でも月の裏側でも通信できますが、携帯電話は基地局のある場所、携帯電話会社のサービスエリア内でしか通信できません。

また、実際に出来ることの違いとして、お互いに同時に話すことが出来るかというものもあげられます。

トランシーバーは普通一つの周波数を使って話をします、ですから話せるのはいずれか一方(3人以上ですと誰か一人)だけで、また、話しているときは他の人の声を聞くことは出来ません。普通は聞くモードと話すモードを切り替える、PTT(Push to talk)スイッチというものを使います。PTTスイッチを押せば話すモード、押さなければ聞くモードで、周波数(チャンネル)さえ会っていれば電波の届く範囲なら何人でも「聞くモード」になれますので、3人以上で会話するときも特に特別な設備は要りません。

対して、携帯電話は双方向の通話用に二つの電波を使いますので、自分が話しているときでも他の人の声を聞くことが出来ます。その代わり、三人以上で会話するにはちょっと工夫が必要です。

次に小型化を進める

そしてそんなトランシーバーは次第にワイヤレスホンとして進化していくことになります。最初は、車載電話と呼ばれる車の中に積む携帯電話で、1980年になって漸く車載ではないポータブル体部であるショルダーホンが日本のNTTから発表されました。更に、それらのものはどんどんと小型化が進み、液晶ディスプレイが搭載されるようになり、1990年になると着信メロディーやポケベルと連携したメッセージサービス(初期段階のメールのようなもの)までもが利用できるようになりました。そして、1999年になるとiモードがスタートし、インターネット網へ携帯からアクセス出来るようになり、Javaを利用したゲームなどで遊ぶことも出来るようになってきたのです。

第三世代携帯とスマートフォン

そして、その後に3G通信方式を採用した第三世代携帯電話が登場し、テレビ電話や、パソコンとの接続によるより高速なデータ通信が可能になりました。普及率も膨大に伸びていき、最終的には初期のスマートフォンと呼ばれるPDAが発表されました。このPDAというのは携帯情報端末のことで、ToDoリストやスケジュール管理、住所録やメモなどの情報を取り扱うことが出来る端末でノートパソコンなどと比べると機能が限定されている物の、手のひらサイズで使え、更には電池の持続時間が長いという特徴がありましたが、あまり一般的に使われることはありませんでした。その後iPhoneなども発表されましたが、一部の熱狂をのぞいて、特に日本の技術開発人の見方は冷ややかでした。

iPhoneのマーケティング的勝利とアプリの時代

確かに技術的に言えば、iPhoneは日本で販売されていたスマートデバイスやガラケーなどと比べると性能的に劣っていたのですが、しかし、それが売れないという見方は間違っており、消費者の心をつかむ「どう生活が変わるか。どう使うことができるのか?」という部分にフォーカスしたマーケティングと、その洗練されたデザインによって瞬く間に、日本での強大なシェアを気づいていきました。それは勿論、日本の本体価格が安く、通話料金が高いという料金体制による本体代金の格安化によってシェアを伸ばした側面も、大きいのですが、LineやTwitterといったSNSサービスなどの人気なども相まって、これらのスマートデバイスのシェアが確実なものへと伸びていったのです。

ウェアラブルデバイスの時代?

そして、近年は、これらの通知などを受け取ることや、生体認証システムなどが導入されているウェアラブルデバイスなどが数多く発表され、私達の暮らしは更に変化していっています。音声認証ソフトの精度が非常に高くなったことから、音声での検索なども非常に利便性を増してきており、またクラウドという新たな発想が、その文化を更に高度なものへと押し上げていっているのです。

クラウドの時代

昔まではそれぞれの機器の中に全ての機能を収めなくてはいけなかったのですが、クラウドコンピューティングが発展した現在では、そう言った常識までもが覆されていっています。例えば、人工知能をクラウド上に置いて、ユーザーはそこに通信で接続して、その機能を利用するといったことまでが可能になっています。Siriなどのボイスアシスタントシステムも、これから更に人工知能分野の躍進とクラウド技術によって性能が上がり、そのうち自分の代わりにスケジュール管理をしてくれたり、生活の提案や、健康の管理、そして、仕事の補佐といったものまでをこなしてくれるようになるでしょう。もはや、携帯電話はその領域を飛び出して、全ての人に欠かせない賢い隣人へと変化しつつあるのです。